ヘディングで競り合うアイスランドのグナルソン⑰、シグルダルソン⑨=AP
(26日、アイスランド1―2クロアチア サッカー・ワールドカップ)
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心温まるおとぎ話――。ハッピーエンドではなかったが、アイスランドの戦いぶりをみると、そんな言葉が浮かんでくる。
北大西洋に浮かぶ小国の人口は約35万人。日本で一番少ない、鳥取県の約56万人の約6割しかいない。サッカー強国としての伝統もなければ、世界的な選手もいない。彼らを奮い立たせるものはただ一つ。代表への熱く、一途な思いだ。
1次リーグ突破をかけた最終戦のクロアチア戦。レアル・マドリードMFモドリッチらスター選手を擁する強国に、最後まで体を張り、ゴールを狙い続けた。初出場での1次リーグ突破の夢ははかなく消えたが、コーチ時代も含め、約7年間指導するハルグリムソン監督は「選手は全てをピッチで出し切った。誇りに思う」。負けても、観客席から向けられた大きな拍手が印象的だった。
10年前まで、この国がW杯に出るとは、誰も思っていなかっただろう。
「自分は歯科医と兼業なんだ。難しい環境から世界へチャレンジする姿はおとぎ話。みんな好きでしょ」
3年前、ハルグリムソン監督がほほ笑む姿が印象的だった。アイスランドが初出場した2016年欧州選手権。その予選の最中の15年6月に、インタビューした。わざわざ当地を訪れた物好きな日本の記者を監督は歓待してくれた。「この小さな国が欧州選手権に出るシンデレラストーリーがあってもいいんじゃないか」。このときの欧州選手権で、8強入りする快挙を見せた。
アイスランドでは、室内でできるハンドボールが人気を集める。代表戦となれば、視聴率は常に90%超。08年北京五輪で男子が銀メダルを獲得したのは、今でも国民の語りぐさだ。サッカーがそこに割り込むきっかけとなったのが、前回のW杯ブラジル大会の欧州予選。プレーオフまで進み、強豪クロアチアと五分の戦いを演じて敗れた。もしかして、僕らもW杯にいけるかもしれない――。そんな期待感が後押しした。
11月になれば寒すぎて外ではサッカーはできない。零下10度以下になり、ピッチは凍る。代表も11~3月はアウェーでの試合が多い。
そんな北国に変化をもたらしたのが、国際サッカー連盟(FIFA)のゴールプロジェクトだ。「金のばらまき」「腐敗の温床」とも言われていたが、アイスランド協会はこの金で屋内練習場を地道に造り、資格を得たコーチを育成。これまで冬場はハンドボールへ流れていった才能が、一年中、サッカーにとどまるようになった。ただ、国内にプロリーグはなく、現代表に国内組は1人だけ。多くが海外へ渡り、イングランド、北欧、ロシアなどのクラブでしのぎを削って力をつけた。
初戦のアルゼンチン戦は、9割以上の国民がテレビで見たとも言われる。試合会場では、ファンが両手を広げ、頭上でたたく「バイキングクラップ」と呼ばれる独特の応援で後押しする。代表を愛する彼らの気持ちは、世界一かもしれない。
アイスランドが初めてW杯の予選に出場したのが、1958年スウェーデン大会。以来、半世紀以上かけ、かなえた夢からはこんな思いが伝わってくる。不可能なことは何もない――。スポーツの描く最高の物語が、この小さな国にはあった。(河野正樹)