20年前、ウミガメが産卵に現れた愛媛県宇和島市吉田町の砂浜。その近くに住み、ウミガメの再訪を願って浜の掃除を続けてきた泉秀文さん(64)が、西日本豪雨による土砂崩れで亡くなった。砂浜はいま、がれきの山に覆われている。
7日朝。泉さんの幼なじみの谷口定文さん(64)は、「ドーン」という地響きのような音を聞いた。外に出ると、泉さんの家の裏山が大きくえぐれ、土砂が崩れているのが見えた。重機を使って懸命にがれきを取り除き、2日後、土砂の中に泉さんを見つけた。
宇和島市によると、泉さんは同市の総務課長などを務め、2014年に定年退職。近所の人によると、その後は時間を見つけては、砂浜に流れついた空き缶やポリ袋を拾い続けていたという。泉さん宅の向かいに住む浜田真作さん(67)は、泉さんが「ウミガメが戻ってこられるような浜にしたい」と話したのを覚えている。
この浜には1998年7月、ウミガメが上陸して産卵したとの記録が残っている。「日和佐うみがめ博物館」(徳島県)によると、写真からアカウミガメとみられる。
地元紙は当時、体長1・3メートルほどのウミガメが穴を掘り、30分間卵を産み続けた、と報じた。発見者の少年ら近所の人たちは、孵化(ふか)までの約50日間、毎晩卵を見守った。
孵化の夜、その場にいたという60代の女性は「あの夜はみんな見にきて、ギャラリーがすごかった。ウミガメが来るぐらい、本当にきれいな海だったんです」と振り返る。しかし、それ以降、ウミガメを見た住民はいない。
砂浜はいま、押し流されてきたがれきが積み上がっている。防波堤も一部、壊れた。住民からは「必要なら、砂浜を埋め立ててでも、がれき置き場を確保するしかないのでは」という声も出ている。
谷口さんは「埋め立てられたら、ウミガメももう戻ってこられんしな。残せるものなら残したい。子どものころ、秀文とも一緒に泳いだけんなぁ」。海を見つめ、つぶやいた。(根本晃)