(21日、高校野球・甲子園決勝 大阪桐蔭13―2金足農)
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春夏連覇を達成した瞬間、大阪桐蔭の宮脇大地選手(3年)はアルプス席で仲間と抱き合った。メンバーには入れなかったけど、「最強世代」の一員としてやりきったから、心から喜べた。
甲子園球場から歩いて10分ほどのところに自宅がある。小学2年から野球を始め、球場で野球を見て、育った。当然、甲子園に出ることは目標になった。
「試合に出場するのが難しいことは分かってた。それでも、大阪桐蔭で挑戦したかった」。捕手として、覚悟を持って入部した。想像通り、レベルは異次元の高さだった。「どうやったら、試合に出られるのか。とにかくミスだけはしたらあかん」。気がつけば、恐る恐る野球をしていた。
1年の夏。突然、ボールが投げられなくなった。精神的な理由で体が思い通りに動かなくなる「イップス」だ。ブルペンで投手に返球する時でさえ、投手のはるか頭上に球が飛んでいってしまう。「投げ方が分からなくなった」。ひどい時は「投げた」と思った球が手を離れないこともあった。
それでも、逃げなかった。胸の奥底に「自分には野球しかない」という思いがあったから。捕手をあきらめ、監督に直訴して外野手に転向した。仲間にもイップスになったことを明かした。腫れ物扱いはされなかったし、逆に極度に励まされることもなかった。いつも通り、野球に取り組めたのがよかった。キャッチボールは狙いを定めて軽く投げることからやり直した。少し回復すると積極的に打撃投手も務めた。
「克服できた」と思ったのは今春。足と守備を期待されて、夏の北大阪大会では背番号20をもらった。だが、20人から18人に減る甲子園ではメンバーから外れた。「やることをやったから仕方ない」。真剣に野球と、イップスと向き合ってきたからこそ、気持ちを切り替えられた。
悔しさはゼロではないが、全国一の強豪で2年半、野球に打ち込んだ事実は変わらない。「これからは『春夏連覇した代の大阪桐蔭出身』になる。そのプライドを持ってやっていきたい」。甲子園でプレーはできなかったけど、確かな自信はつかんだ。(大西史恭)