「人力車は電気は使わない。では何で走る? 元気で走ります」。長野県小諸市の人力車夫が、口上も高らかに九州を北上中だ。地元の観光オフシーズンに武者修行をしようと、昨年12月に鹿児島県に入った。その後、宮崎県を経て19日現在、大分県内を旅している。各地の絶景スポットで人力車との絵になるコラボを重ね、多くの乗客を楽しませている。
「ここは映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟(きせき)』に登場した建物なんですよ」。2月中旬の週末。喜楽屋笑太さん(38)は大分県豊後高田市の観光スポット「昭和の町」で車をひきながらお客を案内していた。レトロな看板の店やボンネットバス、オート三輪など、絵になるポイントで足を止めてはスマートフォンでサービスの写真を撮る。旅を始めて11カ所目の営業場所だ。
軽トラックに人力車を積み、乗客や地域の人の情報をもとに絶景を探す。3日間営業すると、次の地に向かう。営業場所では近隣施設や近所の人にあいさつし、承諾をもらう。あわせて地域の歴史や観光情報も仕入れ、地元ガイドさながらの案内にいかす。
岩手県出身。空手道場の内弟子になったりホテルで働いたり、自分に向いたことを探し続けてきた。長野には就農で移住したが合わなかった。「人を喜ばせ、楽しませ、笑顔にできる」「小さくても自分のペースでできる」。ようやく何がしたいのかを悟った2010年、ハローワークで人力車夫の求人を見つけた。
募集していたのは小諸市観光協会(当時)。引き始めると、乗客から「乗れてよかった。小諸に来てよかった」と声をかけられ、「これが天職」と初めて思えた。16年4月に独立。小諸を拠点にしながら、今回初めて旅に出た。
鹿児島では、たまて箱温泉から長崎鼻(いずれも指宿市)へ。「九州は暖かいだろうと思って来てみたら思いのほか寒く、困っていたら知り合った人がダウンジャケットをくれた。長崎鼻では土産物店の人たちが優しくて、なにかと気にかけてくれた」
続いて、伊能忠敬が「けだし天下の絶景なり」と絶賛した番所鼻自然公園(南九州市)を訪れた。菜の花が咲き誇る池田湖(指宿市)、桜島を望む「道の駅たるみず」(垂水市)も巡った。
宮崎では、モアイ像が立ち並ぶサンメッセ日南(日南市)と、波状岩が広がる「鬼の洗濯板」(宮崎市)を訪問。営業場所そばのレストランは、わざわざポスターをつくって食事客にPRしてくれた。「客が少なかったので親身になって対策を考えてくれた。心遣いがうれしかった」
大分では「原尻の滝」(豊後大野市)を皮切りに、「二王座歴史の道」(臼杵市)、鉄輪温泉(別府市)、豊後高田の「昭和の町」と訪問。大分県内を一巡したら熊本に向かい、4月6日からの「小諸城址懐古園桜まつり」に間に合うよう小諸に戻る。
長野県人の客が乗ってくれたり、同県安曇野市が舞台とされる唱歌「早春賦」の作詞者(吉丸一昌)が臼杵出身と知ったり。さまざまな縁も感じながら、出会った人たちがいつか小諸に来てくれることも願う。
料金は1人だと1千円、2人分は1500円。現在地はツイッター「人力車のきらく屋」(@kirakuyasyota)で確認できる。(寿柳聡)