第91回選抜高校野球大会が23日に開幕する。智弁和歌山は昨夏の全国選手権後、歴代最多の甲子園春夏通算68勝を誇る名将が退いた。新体制で、春に挑む。
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全て継承
肩で息をしながら、ノックバットを振り抜く。「今の、行けたんちゃうん!?」「最初の一歩が遅い!」。2月下旬、智弁和歌山の中谷仁監督(39)が全力で打つノックに、選手のユニホームがみるみる汚れていった。
1997年夏、初の全国選手権制覇を果たした智弁和歌山の捕手で主将だった。高嶋仁・前監督(72)が昨夏限りで勇退。仁王立ちで選手を見守り、甲子園歴代最多の春夏通算68勝を記録した名将の後を受けた。秋には近畿大会で4強に入り、監督として初の選抜出場を確実にした。チームにとっては4季連続での甲子園。「高嶋先生からの置き土産です。逆に、生徒の足を引っ張らないようにしないと」と笑う。
コーチ時代から、指導方針はぶれない。「基本的に高嶋先生のスタイル、練習方法は全て継承です」。ノックを通して選手と対話する姿勢も引き継いだ。
元プロの視点、チームに浸透
恩師との違いはプロ経験だ。高卒で阪神にドラフト1位で入団。楽天、巨人を経て、2012年限りで15年間の現役生活に区切りをつけた。元プロが高校生、大学生の指導のために必要な学生野球資格を14年3月に回復。17年4月にコーチとして母校に戻ってきた。主将の黒川史陽(ふみや)(2年)は言う。「プロの一流選手の姿勢を自分たちに重ねて、指導してくれる。そこで自分たちの甘さが分かる。高校生でこんな経験、なかなかできない。自分たちは恵まれていると思います」
プロ経験のある高校の監督は少ない。18年春に日本高校野球連盟と朝日新聞社が全国の全加盟校に実施した高校野球実態調査(加盟校アンケート)では、全国で53人。5年前と比べて4倍近くになったが、全加盟校のうち、わずか1・3%だった。13年に資格回復制度の条件が緩和されて門戸は広がったものの、「元プロ」に教わることができる高校生はまだまだ少ない。
中谷監督はプロでの経歴を鼻にはかけない。「僕は長くいただけで、活躍してませんから。それに主役は生徒なので」と言い切る。一方で、「目指す世界を知っている人に教わった方が子どもは理解しやすいのかもしれない」とも話す。
新監督と同じ捕手の東妻(あづま)純平(2年)は「高嶋さんは結果に厳しく、中谷さんは準備に厳しい」と感じている。昨夏まで、攻撃では強く打つ意識を大事にしてきたが、秋からは一つのアウトを次にどうつなげるか、内容にこだわるようになった。守備では、プロ目線での試合展開の読み方や配球の組み立て方を教わってきた。「野球に対する向上心、楽しさが増しました」と振り返る。
就任から約7カ月。新監督は伝統を大切にしつつ、元プロならではの視点をチームに浸透させてきた。初めて挑む甲子園。どう選手を見守るのか。「仁王立ちは、しません。あれは高嶋先生のもんです。僕はベンチでうろうろしてます。捕手で、心配性だから」
苦笑しながら、こうも言った。「チームは完成とは言いがたいけど、まだまだ伸びしろもあって、ひとつ楽しみな状態。野心は持っていますよ」。狙うは、1994年以来となる春の頂点だ。(小俣勇貴)