昨夏、最大震度6弱の大阪北部地震が関西を襲った。京都市で損害保険の代理店「トラスト保険サービス」を営む前田敏実さん(62)は昨秋までに、地震保険の契約者10人に計1227万円を支払う手続きを終えた。
「助かった。知り合いや子供にも勧めるよ」。感謝されて心底うれしかった一方、悔いも残った。契約に地震が含まれていなかった人から「もっと詳しく説明してほしかった」と責められた。今では、説明の際には震度予想図を必ず持参する。
地震保険は、予想される震度や建物の種類なども踏まえて47都道府県ごとに保険料が決まっており、保険金100万円あたり年710~3890円。政府とともに運営する保険業界は、地震保険では利益も損も出さない方針で取り組む。世帯の普及率は、一昨年末の時点で31%だ。
ことし2月下旬、前田さんも加盟する日本損害保険代理業協会の近畿ブロック協議会は、京都市でセミナーを開いた。ブロック長の小橋信彦さん(54)は「保険の普及は私たち代理店の使命」と話し、こう続けた。「地震のときはパニックになる。確実にお客さんに情報を提供し、寄り添わなければ」
2011年3月の東日本大震災では保険業界もパニックになった。住宅の全半壊は約40万戸にのぼり、多くの代理店も被災した。
宮城県石巻市で「日商保険サービス」を営む日野雅俊さん(43)は、がれきが流れ込んだ店の2階にはい上がり、保険金の支払い手続きにあたった。被災した地震保険の契約者約500人を捜してまわり、半年がかりで手続きを終えた。
コンクリートの土台だけになった被災住宅も多かったが、建物が残っていれば貼り紙で連絡を求めた。避難所にも出向いた。新聞にのった死亡広告を見て親類に電話し、保険金を支払ったケースもあった。
日野さんは話す。「生活の再建にお金は必要で、みな不安に思っていた。将来のことを考えるためにも、一刻も早く支払い手続きをしなければと思った」
東北の教訓は、新しい保険商品を生んだ。
損保ジャパン日本興亜は従来の地震保険に支払額を上乗せする特約や、マイカーが津波などで壊れた場合に50万円を支払う商品を売り出した。被災した中小企業向けに運転資金を手当てする保険もつくった。いずれも大震災後に寄せられた要望を踏まえたものだ。
業界を横断する取り組みも、東北から始まった。
日本損害保険協会は、航空写真を使うことで、鑑定人による調査なしで全壊扱いとして保険金を支払う方法を導入。各社の手続きのスピードを上げた。
東京海上ホールディングスの隅修三会長は「保険が世のため人のためにあることを実感した」と、大震災を振り返る。
課題もある。
地震保険に詳しい武蔵野大学の瀬古美喜教授は「日本のどこで大地震が起こるか分からない状況で、3割にとどまる普及率をもっと上げなければいけない」と言う。
火災保険とセットになっている地震保険を単体でも契約できるようにしたり、都道府県単位で設定されている保険料をもっときめ細かくしたりすることを、瀬古氏は提案する。現状では津波に襲われやすい沿岸部もそうではない内陸部も、同じ県なら保険料が変わらず、不公平だと感じる人がいる。
課題は、財源面にもありそうだ。東日本大震災での保険金の支払い総額は1・3兆円近くに達した。今後の地震での支払い限度額について、業界や政府は、関東大震災クラスの災害を想定して11・7兆円としている。大半は政府の負担だ。被害によっては足りなくなるかもしれず、備えをめぐる議論が必要になる。(加藤裕則)