テロ組織などにお金が流れるマネーロンダリング(資金洗浄)対策に不備がないかを審査する国際的な査察が今秋、国内の金融機関に対して行われる。不備を指摘されれば日本の金融界の信頼が揺らぐ事態になりかねないため金融機関は対策に力を入れているが、業界から「準備は万全」という声は聞こえてこない。
日本の金融関係者が神経をとがらせているのは、FATF(ファトフ)と呼ばれる査察団の来日だ。日本を含む35カ国・地域と二つの国際機関の金融当局や弁護士らでチームを編成し、各国の実態を相互に審査する作業部会の略称で、1989年に発足した。本部はパリに置かれている。
日本が審査の対象になるのは2008年以来、11年ぶり4回目。まず日本側が6月までに現状を報告し、査察団があらかじめねらいをつけた金融機関に10月から立ち入る。20年6月に結果を公表する予定だ。
メガバンクや地方銀行だけでなく、信用金庫や郵便局、証券、保険などあらゆる金融機関が対象になる。実際に調べられるのは各業界とも数社程度の見通しだが、どの社が選ばれるかは直前までわからない。
日本は08年の審査で、評価の指標となる49項目のうち、金融機関の内部統制やリスクが高い国への注意義務など10項目で最低評価をつきつけられた。マフィアなどによる組織犯罪を食い止める国際組織犯罪防止条約(パレルモ条約)の締結国でないことも不備と指摘され、「マネロンに甘い国」という不名誉なレッテルを貼られた形だ。
だが、2度の政権交代の影響もあり、法整備はしばらく進まなかった。FATFは14年、日本を「最も対応が出遅れた国」と名指しする異例の声明を公表した。安倍政権は同年秋の臨時国会でテロリストへの物品提供を処罰対象にする「テロ資金提供処罰法」や、テロ組織の金融取引を規制する「国際テロリスト財産凍結特別措置法」など3法を成立させた。FATFが追跡審査(フォローアップ)を終え、日本が「要注意国」から卒業できたのは16年。17年にはパレルモ条約にも加わった。
前回のFATFの審査は各国の法整備が焦点だったが、今回は金融機関がしっかり対応できているかに重点が置かれる。大量破壊兵器の拡散リスクが懸念されている北朝鮮や、米国が経済制裁を続けているイランなど、FATFが「重大な欠陥国」と認定する13カ国への送金を水際で防げているかもチェックされる。
すでに21カ国が4回目の審査を終えたが、合格と認められたのは英国とイタリア、スペインなど5カ国だけ。金融先進国とみられてきた米国やスイス、シンガポールを含む大半の国は及第点に届かなかった。「ほぼすべての金融機関でリスクに対する理解が不適切でマネロン対策の実施が不十分」などと認定されたためだ。アイスランドは「要監視国」として落第点をつけられた。
対応の遅れが一部の企業で露呈すると国の金融の信頼を揺るがしかねない。落第と評価されると、提携している海外の金融機関から契約を解除されたり機関投資家が投資を引き揚げたりするリスクが強まる。各国の金融当局の監視の目も厳しくなり、海外送金や決済が滞って企業活動に支障が出てしまう。
特に金融庁が頭を痛めるのが、地方銀行などの地域金融機関とゆうちょ銀行。ある金融庁幹部は「不自然な送金依頼を窓口で怪しむ基本動作が徹底できておらず、本社の監督も不十分な金融機関がある。『鬼門』になりかねない」とこぼす。
信金大手の埼玉県信用金庫(熊谷市)は16年以降、バングラデシュ出身という男性から支店に数千万円の現金がたびたび持ち込まれ、後に実態のない送金先だった可能性が強まり問題になった。愛媛銀行(松山市)でも昨年、不正を疑われる送金が発覚。5億円を超す現金が支店に持ち込まれたが、北朝鮮との関係が今も払拭(ふっしょく)できていない送金先だったという。
金融庁は昨年2月、すべての金融機関にリスク対策の抜本的な見直しを求めた。手数料を稼げる海外送金に力を入れるより、危うい案件には関わらない姿勢を促したものだ。これを受け、青森銀行は9月から、現金を持ち込む送金の依頼を断ることにした。今年からは取り扱える窓口を75店から10店に集約している。
富山第一銀行は10月から窓口での海外送金業務をやめ、口座をもつ客がインターネット経由で依頼する送金だけを引き受けることにした。ゆうちょ銀行は昨年4月、大半の郵便局で海外送金業務から撤退。今年4月からは対応を続ける一部店舗でも、現金を持ち込む依頼は受け付けていない。
最先端システムを導入しているメガバンクも見直しを進める。三菱UFJ銀行とみずほ銀行は現金を持ち込む依頼は引き受けない方針を決め、三井住友銀行も同じ対応を検討している。
一見(いちげん)客が持ち込む現金は出どころや本人確認が難しく、不正の温床になりやすいうえコストもかかる。口座を開く際に身元確認をすませた客とだけ取引し、送金先についても身元や事業内容などを公的資料で確認できる場合にのみ依頼を受けるという対応が金融機関に定着しつつある。メガバンクの幹部は「ほとんどのまっとうな客にとってはサービス低下となってしまうが、やむを得ないと考えている」と語る。
仮想通貨交換業者も悩みの種だ。日本は17年、各国に先駆けて業者に登録制を導入したが、昨年は大手2社で巨額の不正流出が発生した。多くの業者で顧客資産のずさんな扱いが明らかになり、業務改善命令や停止命令が相次いだ。廃業や出直しを迫られる業者も多く、業界をあげてガバナンス(企業統治)改革を進めているが、FATFの厳しい審査にどこまで耐えられるかは不透明だ。
外国人労働者の受け入れを広げる改正入管法が4月に施行され、国内でも海外送金の需要は高まる。FATFが日本での審査結果を公表する直後には東京五輪・パラリンピックの開幕を控える。地銀幹部の一人は「インバウンド(訪日外国人)の増加が期待できる時期に『金融後進国』のレッテルを突き付けられることは避けなくてはならない」と気を引き締める。
金融庁の遠藤俊英長官は「今回の審査を完璧に乗り切るのは難しい。一つの機会と受け止めて、継続的に日本のマネロン対策の水準を底上げしていくしかない」と語る。(山口博敬)
FATF第4次審査 これまでの結果
合格
英国、イタリア、スペイン、イスラエル、ポルトガル
要改善
米国、ノルウェー、デンマーク、メキシコ、オーストリア、オーストラリア、アイルランド、ベルギー、スウェーデン、カナダ、スイス、バーレーン、シンガポール、サウジアラビア、マレーシア
監視対象=落第
アイスランド
FATF審査のスケジュール
2019年4月 改正入管法を施行(外国人労働者の受け入れ拡大)
同年6月 政府(金融庁など)が日本のマネロン対策の現状をFATFに報告
主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議と首脳会議(日本は議長国)
同年10月 FATF調査団が来日
2020年6月 FATFが審査結果を公表
同年7月 東京五輪・パラリンピックが開幕