学校事故のビッグデータの分析をもとに、1面や社会面などで掲載したシリーズ「子どもたち、守れますか 学校の死角」。分析結果からは、同じような事故が毎年繰り返されている実態がみえてきました。国が対策を示した後も子どもが命を失い、重い障害を負う事故はなくなっていません。どうすれば重大事故を防ぐことができるのか。みなさんと一緒に考えます。
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日本スポーツ振興センター(JSC)の学校事故データを、産業技術総合研究所(産総研)が分析し、けがや病気については2016年度までの3年間の計約322万件、死亡事故については16年度までの10年間の計1025件を別に調べました。シリーズではその結果をもとに、学校現場で安全を守るための情報が十分に共有されず、防げるはずの事故も繰り返されている現実を報じました。
一連の記事に、愛知県に住むパートの30代女性は「知らなかったことばかり。母親として、読まずにいられなかった」と感想を寄せました。
小学生2人と幼稚園児の3人の子どもがいます。中でも、小学校と中学校の体育の授業で、特に跳び箱で重い事故が多いことを伝えた5月10日付朝刊の記事は、我が子も取り組むことだけに身近に感じたといいます。中学生が台上前転の後に開脚跳びをしてバランスを崩し、大けがを負ったことを記事で知り、小学生の2人には、技の順番を間違えると感覚がおかしくなり、事故につながりやすいという注意点を伝えました。「学校でこんなに事故があることに驚いたし、対策も遅れている。もっと広く伝わってほしい」
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シリーズ初回の5月5日付朝刊では、校舎などからの転落事故が3年間に198件も起きていたことを伝え、その背景を掘り下げました。
静岡県の60代男性は、教員だった15年余り前、勤務先の高校で起きた転落事故を調査した経験から、安全対策を提言する投稿を寄せました。
男性が校舎1階で授業中、どさっと音がして、教室の外に男子生徒が倒れていました。男性は直ちに救急車を要請。生徒は窓の外に落ちた物を拾おうとして4階の教室から転落しましたが、一命を取り留めました。植え込みの上に落ちて衝撃が和らげられたため、と考えられました。
男性が全国の学校で起きた転落事故をできる限り調べると、植え込みや花壇に落ちて助かった事例が多くありました。校舎の周囲に植え込みや花壇を設けることは、学校事故を研究する名古屋大の内田良准教授も提唱しています。男性は「危険な窓の下などに植え込みを設ければ、転落しても死者を出すことは防げるのではないか。学校施設は事故が起きる前提で造られるべきです」と訴えます。(江口悟)
子ども主体の防犯策が効果
学校現場では近年、子どもたちも参加して、継続的に事故防止策を考える取り組みが広がっています。
東京都豊島区立富士見台小学校では毎月、事故が起きた場所や時間帯などを集計して表を作り、どうしたら事故を減らせるかを児童らが考えます。衝突防止のため廊下に鏡を設け、階段には滑り止めを付けました。転んでも大けがをしないように体幹を鍛える独自の体操も考えました。取り組みは住民や警察、消防にも発表します。
昨年10月の5年生の授業では、児童が校内で危険と感じた場所の写真を撮り、対策を考えました。「階段の壁が飛び出ていて危ない。ふわふわの素材にしたら」といった提案が次々と出ました。講師に招いた産総研の大野美喜子さんは子どもたちのアイデアをほめました。
当時の担任の藤江海教諭は「自分で調べて考えたことがお招きした講師にほめられ、とてもうれしそうでした。安全について考える視界が広がったと思います」と話します。
同小は2014年度からこうした活動に取り組み、16年2月には世界保健機関(WHO)の関連団体が創設した学校安全の国際認証「インターナショナル・セーフ・スクール」(ISS)を取得しました。その成果は顕著で、軽いけがを含めた事故は14年度に317件起きましたが、18年度には179件と4割以上減りました。医療費総額5千円以上の事故に対し4割分を支払うJSCの災害共済給付制度の対象となる事故は、13年度に14件起きましたが、18年度は1件と激減しました。
ISSを取得した学校や保育所は全国で28。ISSを推進する日本セーフコミュニティ推進機構の白石陽子代表理事は「ISSに取り組むと数年で事故が半減する学校が多く、骨折などの大きなけがも減る。自ら考え、危険を予測することで安全な行動を取れるようになります。その財産は彼らが大きくなっても生きます」と話します。
14年には大阪教育大の藤田大輔教授らが日本独自の認証制度「セーフティプロモーションスクール」(SPS)をつくりました。すでに47の小中学校や幼稚園が取得済みで、最近は中国や英国の取得校も増えています。
文部科学省も対応を一歩進めました。教員志望者に学校安全の最新の知識や技能を身に付けてもらうため、今年度入学の学生から教職課程で「学校安全への対応」を必修化しました。様々な事故の防止策に加え、事件や災害への対応なども総合的に学んでもらい、日ごろの危機管理や発生時の対応が的確にできる教員を育てる狙いです。(木村健一)
食後の運動でアナフィラキシー症状 体調やストレスも影響
食後の運動によって、じんましんと呼吸困難など複数の症状が急に出る「食物依存性運動誘発アナフィラキシー」。5月13日付朝刊で取り上げると、もっと知りたいとの声が寄せられました。アレルギーに詳しい国立病院機構相模原病院の海老沢元宏医師に話を聞きました。
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アレルギーのある人が原因食材を取った直後に運動すると、運動で消化管の吸収がよくなり、アレルギー物質の血中濃度が高まって急激な反応が起きることがあります。原因食材を取っても直後に運動しなければ発症は防げます。また、原因食材を取らなければ運動することはできます。
この疾患は1980年ごろから報告されるようになりました。体調やストレスなども発症に影響し、症状が出たり出なかったりするため、解明できていない部分が大きい。原因食材は小麦が多く、続いて甲殻類。近年は果物も増えています。
診断では、まず詳細な問診や血液検査で原因の食材をある程度絞り込み、必要に応じて疑わしい食物を摂取した後の運動負荷試験で原因食材を特定していきます。
アナフィラキシーの発症後、症状を和らげるための自己注射「エピペン」が処方されることが多いです。エピペンはアドレナリンの薬液と針が内蔵され、太ももの外側に当てて強く押すと注射できます。効果は一時的な場合があり、症状が落ち着いても病院に行く必要があります。(聞き手・川口敦子)
データ使い持続的対策 産業技術総合研究所主任研究員 北村光司さん
学校事故データを分析して実感したのは、毎年度、多くの事故が同じように起き、傾向が変化していないことです。例えば、高校の運動部では競技別の事故の比率がほとんど変わりません。「たまたま」や「運悪く」ではなく、まして子どもたちのせいでもなく、原因が潜在的に残り続けているから起きるのです。
一方で、対策が事故の減少に結びついたものもあります。例えば、1990年代に年間100人ほどにのぼっていた突然死は近年、20人ほどに減りました。特に心臓系突然死はリスクを検診で把握できるようになったうえ、医療者以外も自動体外式除細動器(AED)が使えるようになって普及したことが大きい。
同様に、歩車分離式信号機や自動ブレーキなどの交通安全対策が社会的に進んだ結果、登下校時の交通事故死も減りました。これは、データを分析して課題を明らかにし、様々な関係者が対策を検討し、実行した対策の効果を評価して改善に取り組むサイクルを続けてきたからです。
海外に目を向けると、カナダでは、研究も行う病院「The Hospital for Sick Children」が、小学校の遊具の設置面を砂にした場合とウッドチップにした場合のデータを集め、砂の方が骨折が少ないことを実証。その結果に基づいて設置面を砂にする対策を普及させました。
これらの事例のように持続可能な対策を取れば、事故も死者も減らすことができる。学校事故はJSCの災害共済給付制度を通じて持続的にデータ収集でき、対策を取った場合にどのくらい事故が減ったかも検証可能です。これを使わない手はありません。
こうした取り組みをモデル地域で行い、予防にかかる費用と事故減少に伴う医療費の削減分などから費用対効果を分析すれば、持続可能で効果が高い対策を全国に広めることもできます。これは学校だけでできることではなく、政策形成や技術提供、運用などに関わる様々な当事者が連携して取り組む必要があります。(聞き手・平井恵美)
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寄せられた声の一部を紹介します。
●野球部員の息子、怖い思いも
中学3年で野球部員の息子は、死球や守備時の激突で何度か怖い思いをしている。目に球が当たった時は失明すら心配したし、衝突した相手が大丈夫か心配したこともある。部活動の忙しさは緩和されてきたが、練習内容によっては見守りの目が少ない感じがする。ヘルメットで頭を守ることの大切さも改めて感じた。(大阪府・50代女性 図書館司書)
●子どもの気持ち考えサポートを
小学校の体育で、跳び箱が揺れてバランスを失い、倒れた経験を思い出した。できないことへの焦りから、どうにか跳ぼうとしていた。小学生は自分で判断できず、できる子がほめられると、同じようになりたいと無理をしてしまう。安全管理を徹底したうえで、目標を達成できるように大人がサポートしてほしい。(北海道・20代女性 大学生)
●根性主義より安全な環境を
中学生の娘が小学5年のとき、組み体操の練習中に3人がけがをして、救急搬送された子もいた。保護者として組み体操の中止を求めたが、学校はやめなかった。学校はまだまだ同調圧力や根性主義が根強い。新たな事故が起きる前に大人が知恵を出し合うとともに、子どもの安全を最優先とする教育環境に向けて社会的な議論を進めるべきだ。(大阪府・40代女性 医師)
●運動でアナフィラキシー発症
中学生の息子は乳製品の食物アレルギーがあり、小学6年の時に食物依存性運動誘発アナフィラキシーを発症した。学校行事で体を動かした後、じんましんが出て呼吸困難になった。その学校は先生が研修で学んでおり、息子に自己注射「エピペン」を打たせ、救急車も呼んでくれて事なきを得た。エピペンの使用をためらわないことは大切だ。そのうえで学校関係者には、親と協力しながらできる限りエピペンを使う状況にならないようにしてほしい。(北海道・50代女性 看護師)
●早寝早起きで事故防止に
体育の授業中、自分の不注意でバスケットボールが顔に当たり、眼鏡が壊れたことがある。学校事故はひとごとではない。事故防止について、学校のみに責任を負わせるのは違和感がある。深夜までSNSなどを続け、寝不足で登校して集中力が落ちている学友もいる。早寝早起きで危機管理能力を高めるのは子どもが取れる事故防止策だ。(神奈川県・10代女性 中学生)
●人も予算もかけられない空気
野球部の横で、防球ネットがないままサッカー部や陸上部などがひしめき合って活動しており、生徒にボールが直撃して大きな事故が起きないか心配だ。どの部も顧問が会議のため不在で子どもだけで活動していることもある。顧問がいても安全管理が行き届いていない部もある。だが、学校現場には「これくらいなら大丈夫」「起こるかもしれない1件のために人も予算もかけられない」といった空気がある。(大阪府・30代男性 中学校教諭)
●体験の機会失うのも気がかり
学校で子どもが亡くなるのは親としてやりきれない。一方で、重大事故が起きると、何でも禁止となりがちで、子どもたちが体験するチャンスを奪われる側面も気になる。できた時の達成感や喜びも味わえるように、適切な指導の下で、様々な体験ができるようになってほしい。(東京都・50代女性 団体職員)
●子ども守るために情報共有を
医療現場では小さなインシデント(事故につながりかねない事案)を皆で共有しようと動いている。人は同じミスを繰り返すものであり、事故は個人の責任でなく、システムの問題と考えるようになったからだ。学校も同じことが言える。事故が起きた学校や教育委員会に情報をとどめず、子どもを守るために広く共有することが重要だ。(神奈川県・40代男性 看護師)
●教員養成課程で体験型教育を
自然体験型施設の指導員として、引率の教員と接する機会が多い。今の教員は生活体験が不足しており、大学の教員養成課程で自然体験などの教育を行うことが必須と感じる。従来、教員はリスクマネジメントに関する研修を十分に受けることがなかった。採用試験も学力より生きる力を重視する方向であってほしい。(埼玉県・40代男性 団体職員)
●学校は安全と思わず行動を
学校は大人の数に比べて子どもの数が多く、目が行き届かない。学校は安全だと思っていると隙が生まれる。みんなが何が起こるか分からないと思っていた方が慎重に行動したり、安全対策を取ったりするのではないか。監視の強化など過大な要求が求められると、学校現場はさらに疲弊する。(福岡県・50代男性 大学教員)
●現場は常に最悪を想定して
中学校の校長をしていた頃、熱中症対策の研修で教わった言葉が忘れられない。「判断に迷うときは常に最悪を想定して救急車を呼べ」。確かに最悪を想定すれば事故はかなり防げる。私が住む愛媛県で、自転車通学の高校生に県教委がヘルメット着用を義務付けたのは、その好例だ。他地域にも広がってほしい。(愛媛県・60代男性 非常勤講師)
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「本当のことが知りたいだけ」。学校事故の遺族やけがをした生徒の家族から何度も聞いた言葉です。事故の教訓を再発防止につなげるにはどうしたらいいのか。そうした思いで、私たちは今回の企画を始めました。しかし取材に対し、学校側が「訴訟中」「担当者が異動」などと答え、詳細が分からないことも少なくありませんでした。一つ一つの事故がきちんと検証されたのか疑問が残りました。毎年100万件起きる事故はただのデータではありません。事故に遭った生徒や家族の痛み、悲しみを無駄にしてはいけないと感じました。(北林晃治)
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