「回れ! 回れ!」
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6月中旬、富山県・砺波高のグラウンドに右手を大きく回しながら声を張り上げる高瀬光(3年)がいた。ポジションは三塁コーチ。「僕の指示で得点できるかどうかが決まる」。自分の役割に誇りを持っている。
中学で野球を始めて、ほとんど補欠。高校でも公式戦に出場した経験はない。「お世辞にも野球がうまいとは言えない」と監督の杉森清文(55)。打席に立てば変化球にバットが当たらない。守備につけば悪送球。脚力に自信はあるが野球に生かせず、ラグビー部の顧問から「いつでも来いよ」と勧誘される。
結果が出ないが、誰もが認める「練習の虫」。授業の合間の10分間の休みにも素振りを欠かさない。愛用の木製バットはグリップの色があせている。「誰よりも振り込んでいる証しでしょう」と杉森。高瀬自身は「ただ素振りが好きなんです」と謙遜する。
素振りの時はホームラン打者になる。プロ野球やメジャーリーグの投手を相手に思いっきりバットを振り抜くと、打球は左翼席へ。すべて頭の中の想像の出来事。「実戦ではまだ打ったことはないですけどね」。いつかホームランを打つつもりで、毎日バットを振り続けている。
高瀬が三塁コーチを任されるようになったのは今春から。選手たちが三塁コーチに推した。
明るい性格で、チームのムードメーカーでもある高瀬は、試合中、選手に監督の指示を伝える伝令を務めていた。ただ、的確な状況判断が求められる三塁コーチを務められるか、杉森は気になった。春の県大会前のミーティングで「三塁コーチは高瀬で本当にいいのか?」と選手に確かめた。すると主将の小林海(同)をはじめ全員が口をそろえた。「高瀬がいいんです」
「野球に対する高瀬の姿勢をみんな評価していたんでしょうね」と杉森。
春の県大会3回戦の滑川との試合。投手戦となり、両チーム無得点で迎えた八回裏の攻撃。三塁に走者を置き、打者が外野へ飛球を放った。犠飛になるか。大丈夫と判断した高瀬は外野手が捕球すると同時に走者へ「ゴー!」と指示。走者は生還し、1―0での勝利につながった。「勝利を決定づける場面に加われて、うれしかった」
「野球は自分をとことん成長させてくれる。こんな楽しいスポーツはない」と高瀬。大きな自信を胸に、三塁コーチスボックスからチームの勝利に向けて力を尽くす。=敬称略(田島知樹)