現在の難民危機は、欧州諸国が自ら掲げた価値観に恥じない行動ができるかどうか熟慮するよう欧州に迫っている。そう指摘するドイツのアンゲラ・メルケル首相は正しい。残念ながら、答えは恐らく「ノー(できない)」だろう。
ほぼ500年にわたり、欧州の国民は世界のその他地域を支配し、植民地化し、各地に居住してきた。西欧諸国は1945年以降、普遍的な人権に基づき、1951年の国連難民条約などの公式文書に明記されているポスト帝国主義、ポストファシズムの新たな価値体系に合意した。
ハンガリーとセルビアの国境近くの線路上で移動を続ける難民(6日)=ロイター
欧州の人々が世界でも最も高い部類に入る生活水準を謳歌し続ける一方で、よりどころを失い、絶望した世界の人々は概して距離を置かれてきた。「第三世界」の飢饉(ききん)や戦争の痛ましいイメージを目にすると、欧州の人々は慈善団体に寄付をしたり、慈善コンサートに出席したりすることで良心を慰めることができた。
■社会的変化の加速を強いる危機
ところが今、難民危機は欧州の人々に、恐らくは高くつき、不都合で、大きな社会的変化を加速するようなやり方で、欧州の価値観を守るよう求めている。ミュンヘン駅に到着するシリア難民を歓迎するために集まった群衆は、欧州がその義務を完全に尊重することを示している――。そう考えると心が温まるが、同時に危険なほど認識が甘い。
すでに、ドイツ政府さえもが問題となる数について考え直している兆候がある。ドイツは欧州のパートナー諸国を恥じ入らせ、脅すことにより、クオータ制(割当制)を通じて難民の負担を分担させることができるかもしれない。だが、数字は文字通り、帳尻が合わない。
欧州委員会は、欧州連合(EU)は16万人の難民を受け入れるべきだと提案した。今年7月に欧州委員会が提案した4万人からは大幅な増加となる。だが、すでに国外で暮らしているシリア難民は400万人いる。ドイツだけで、今年、シリアなどから80万人の難民申請があると見込んでいる。
ここへ来てドイツがシリア人を全員受け入れると決めたことは、EUのさらなる政策変更への期待と相まって、トルコや中東のキャンプで身動きが取れなくなっている何百万人もの難民に、欧州への危険な旅に踏み出すよう促す公算が大きい。しかもシリア人は必死の思いでいる唯一のグループではない。合計すると何十万人ものエリトリア人、アフガニスタン人、イラク人が移動途上なのだ。
どこかの段階で、難民の絶望と希望が、欧州の有権者の不安や反感と衝突する可能性が高い。EUの東欧加盟国は難民の割当に対する不満をあらわにしている。また、最近の世論調査によると、フランス人の過半数が亡命規則のいかなる緩和にも反対しており、英国人の過半数がEUに義務づけられる割当人数の受け入れを拒むデービッド・キャメロン首相率いる政府の決意を支持している。