作品「爆撃の記録」。展示物が置かれていないガラスケースと展示台が並ぶ。観客は説明を読み、どんな資料かを想像する=東京都現代美術館
39歳の美術作家が、東京都内の美術館の展覧会に、「爆撃の記録」と題した異色作を出品している。来場者が出会うのは、ほぼ空っぽのガラスケース。中には、過去の事情から都が倉庫で保管している、東京大空襲の戦災資料を説明するカードだけが並ぶ。戦争の記憶が引き継がれていないもどかしさに対する問題提起が込められたアートだ。
藤井光さんの作品は、東京都現代美術館(江東区)の企画展「キセイノセイキ」の一角にある。がらんとした空間。何を見ればいいのか、最初は戸惑う。だが、「爆撃状況再現演出」「無差別爆撃の始まりと多大な犠牲」など、ところどころに設置された説明文を読むと、ここが日本の都市への大空襲を紹介する場なのだとわかる。
最初は、都が平和祈念館(仮称)のために集めた、戦災資料5040点を展示したかった。「今の私たちに必要な『記憶の場』とは何か。アートの枠組みで考えられるような提案をしたい」と考えたからだ。
だが、都に問い合わせた美術館から、資料は借りられないと聞いた。都文化事業課の担当者は「市区町村に貸し出すことはあるが、個人に貸すことはできない」という。
祈念館は日本の加害の歴史を紹介するかどうかなどで紛糾し、17年前に建設が凍結されている。都議会事務局によると、2001年以降、建設を望む陳情が5度出されたが、採択されたことはない。
藤井さんはあきらめず、資料の詳細な内容を調べるなどし、今度は「想像の祈念館」を作ることにした。過去に実際に検討された展示プランに沿って、コーナーを組み立てた。議論を呼んだ日本側の加害の歴史の紹介も含まれている。「戦争を被害の面だけで語れば、新たな憎悪の連鎖を生むこともある。実現しなかった展示を体験することで、新たに見えてくるものもあるのでは」。展示資料は都内のお年寄りに選んでもらった。カードを選ぶだけだが、自然と、それぞれの戦争体験を話し始めたという。展覧会は5月29日まで。(丸山ひかり)
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〈東京都平和祈念館(仮称)構想〉 東京大空襲の記憶を継承するため、90年代に都が検討を開始したが、展示案にあった「軍事都市東京」という言葉や、日本の加害の紹介をめぐり議論が起き、計画が凍結された。都は集めた資料を倉庫で保管し、市区町村への貸し出しを実施している。