インタビューで話すエディ・ジョーンズ氏
昨秋、ラグビーのワールドカップ(W杯)で日本代表に歴史的な勝利をもたらしたエディ・ジョーンズ氏は、この春、監督として名門イングランド代表を生まれ変わらせた。初めて指揮した欧州6カ国対抗ラグビーは、チームを2003年以来の全勝優勝に。若い戦力をどう育て、スター選手の意識をどう変えたのか。その哲学を語った。
【一問一答】選手の意欲「魔法はない、変化させる」
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6カ国対抗では結果を出さないといけない、と考えていました。昨秋のW杯で、イングランドは1次リーグ敗退。選手たちの士気は落ちていた。だから、こう声をかけた。
「勝てなくても周囲は、私のせいにする。勝てば、君たちは信頼を取り戻すことができるんだ」
今は、再出発の大切な時期。だから、勝つことにこだわった。勝てば、選手は目指しているラグビーが正しいと信じ、自信をつけることができるからです。
6カ国対抗のイングランド代表は、メンバーの約2割が若い選手でした。21歳のマロ・イトジェら初めて代表入りした若手もいた。彼らがミスをしても問題なかった。なぜミスをしたのかを理解させることが大事なのです。
日本は4月を迎え、新しい選手、新入社員を迎える時期でしょう。私は、新人から燃えたぎるような情熱、気力を感じたい。それこそ若い人が持っているものだから。弱点の克服よりも、自分の長所を伸ばすことに集中させるのです。
新人たちには、今、自分が何ができるのかを理解し、自信を持って欲しい。自分がどのようになりたいのかを考えて欲しい。そして、なりたい選手になりたければ、本当になりたいというハングリー精神を持っていないといけない。
昨秋のW杯直前、日本代表にも8人の若手がいた。彼らには、プレッシャーをかけました。「ガツガツやれ! そうすればチームに居場所はある。シャイなやつは残れない」と。意図的に重圧を与えることで、若い選手を変えることができるんです。
指導者の仕事とは、彼らをベストの選手に育てること。選手がやりたくないことをやらせるのも役目です。そうでなければ、コーチになるべきではない。指導者というのは、親と似ています。
新人を迎えるとき、管理する立場として最も大切にするのは、彼らを知ることです。なぜラグビーを始めたのか? 家族構成は? 選手と関係ある人からも話を聞き、それぞれの個性を予想します。練習での仲間とのコミュニケーションの方法、練習後の態度なども観察します。
そうした上で、カフェなどで打ち解けた雰囲気で彼らと話をします。世界トップレベルの選手になるには、どれくらい努力が必要かなどを伝えるのです。
イングランドの選手は、少し従順です。私のことをエディと呼ばずに、「ボス」とか「ガッファー(親方)」と呼ぶ。「監督」と呼ぶ日本と似ている。イングランドの選手が積極的になれるよう、そのプロセスを試しているところです。
日本には「遠慮」の文化があります。第2次世界大戦で負けた日本は、だれもが社会復興のために自分を犠牲にし、努力してきたからこそ、世界に誇る経済大国になった。その自己犠牲の精神は、日本のスポーツにとって非常に良い一面だと思う。一方、日本社会では、自分でイニシアチブを取ることが欠けています。会社ならば、10人もの人が関わって承認する時間はあるかもしれないが、瞬時に判断しなければいけないスポーツの世界では、そんな余裕はありません。
積極的とは、何かを成し遂げたいという意欲があることです。私が求めているのは、チームのために何かをしたいという積極的な選手です。スター選手であっても、そこからもっと上に行けるんだ、と理解させたいと思っています。
私が日本代表の監督時代、ワールド・ベースボール・クラシックの侍ジャパン監督を務めた原辰徳さんに講演してもらったことがある。原さんが「『グラウンドに入ったら自分の心の中の鬼を呼び覚ませ』と、WBCの時に選手に伝えた」と明かしてくれましたが、その通りです。
魔法はありません。意欲を変化させるのです。(構成・河野正樹=ロンドン)