富士通のキッカー西村=金居達朗撮影
想像してほしい。漫才コンビを結成していて、いきなり相方が代わったら……。けんかもしていないのに突然、恋人がいなくなったら……。誰もが困惑することだろう。そんな困難を乗り越えた男が社会人アメリカンフットボールXリーグの頂点に立った富士通にいる。日本屈指のキッカーである西村豪哲(ひでてつ、31)だ。
アメフットXリーグ特集
東京ドームで12日にあった第30回日本社会人選手権ジャパンエックスボウル(朝日新聞社など主催)で、富士通はオービックに16―3で勝ち、2年ぶり2度目の優勝を果たした。西村は冷静にH形ポールに楕円(だえん)球を蹴り込み、左足で10点をたたき出した。11月27日の準決勝でも逆転フィールドゴール(FG)を含む5FGなど16点を挙げるMVP級の活躍。西村の存在なくして、今季の富士通の優勝はなかった。
当たり前のように決める西村だが、実はトラブルが起きていた。11月12日の準々決勝の試合中。蹴る時にボールを押さえる役目の「ホルダー」を務めていた藤田篤(31)が負傷した。西村と藤田は日本体育大学時代から10年以上もコンビを組み、西村が富士通に移籍してきたのも藤田の存在があったからだという。それほど信頼を置いていたパートナーだった。
アメフットのキックによる得点は3人の連係プレーで生まれる。股の下からボールを投げる「スナッパー」と、キャッチして地面に置く「ホルダー」、そしてH形ポールの間をめがけて蹴る「キッカー」の3人だ。アメフットの楕円球は1センチ、1ミリ蹴るポイントがずれるだけで、大きく失敗することがある。瞬時にプレーを完成させるために、「あ・うん」の呼吸が求められる。ホルダーの押さえ方もキッカーの好みに合わせて、球の傾け方や押さえる力の強さなどが変わる。見た目では分からないほど繊細で、何度もの失敗を積み重ねながら試行錯誤する。当たり前のようにFGが決まっているが、あの放物線は3人による芸術作品なのだ。
そんなデリケートなことなのに、試合中にホルダーが代わった。現に準々決勝では、キックを失敗した。西村は言う。「メンタルが切れてもおかしくなかった。でも、逃げられない。これは真のキッカーになれるチャンスだと思った」
決勝まで1カ月。新しいホルダーを務めた吉田元紀(34)と必死に練習した。「もう、技術的には変えられないんでね。吉田さんには『とにかく置いたら動かさないで』と言いました」。サッカーのPK戦のように、キッカーは常に周囲の視線を一身に浴びる。大舞台になればなるほど、キックの重要さは増す。入れば天国、外せば地獄。そんな世界だ。
そこで、西村は吉田とコンビを組んだ準決勝以降、8回あったFG機会を全て成功させた。「吉田さんが本当にちゃんと置いてくれた。自分の能力を信じて、言葉では伝えてないけど『俺が何とかする』という気持ちを持ってました。ホッとしました」。そう話す西村の笑顔には、キッカーとしてまた一つ階段を上った充実感が漂っていた。来年1月3日、ライスボウルが今季最後の試合になる。(大西史恭)