ヤマハ発動機が高速化したボブスレー日本代表のそり(日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟提供)
ラグビーのトップリーグやオートバイレースで活躍するヤマハ発動機が、ボブスレー日本代表を支援し、2018年平昌五輪で初のメダル獲得を狙う。ヤマハは15年からそりの高速化に取り組んできた。17年世界選手権の女子2人乗りで7位に入った押切麻李亜(ぷらう)は、ラグビー部コーチの指導を取り入れて、スタートの走りを磨く。(忠鉢信一)
始まりは15年11月、ボブスレー日本代表のスタッフが東京モーターショーで仕掛けた「飛び込み営業」。大型バイクなどを展示していたヤマハのブースで、「ボブスレーを作ってもらえませんか」と頼み込んだ。応対したのは、人力飛行機に取り組んだことがある開発部長。同社には、就業時間の5%は本業以外の自由な研究に充ててよいという制度がある。ほどなく「ボブスレー研究会」が立ち上がった。
ソチ五輪の男子2人乗りに出場したラトビア製のそりを買い取り、高速化を図った。研究会に集まったメンバーの1人、増田智義さんはオートバイのモトクロス世界選手権を走ったこともあるプロライダー。そりの部品一つひとつの役割を教えてもらいながら、まずは整備を進めていった。
オートバイと比べると大雑把なところが見つかった。たとえば、ハンドルは左右のバランスが狂ったままで、手元の操作で補っていた。機体の振動に影響する部品の調整も、ボブスレーの選手は手の感覚だけで調整していた。増田さんは測定機器を使って精密に調整するようにした。
高速化のポイントは振動を減らすこと。オートバイの走行中の状態を再現する装置にそりを乗せ、テスト走行で得たデータをもとに滑走中のそりの状態を再現。改良とテストを何度も繰り返した。振動を減らすだけでなく、人間が負担に感じない揺れ方に変えていく工夫もした。そのノウハウは企業秘密。増田さんは「オートバイやスノーモビルのレースで培った経験が生きた」と語る。
1シーズン目の15年12月、ヤマハが改良したラトビア製のそりは、全日本選手権女子2人乗りをコースレコードで優勝した。
2年目にはラトビア製の2号機を新たに購入し、さらに高速化していった。16年12月には、ワールドカップの1ランク下にあたるヨーロッパカップの第4戦ケニックゼー大会で優勝。日本初の快挙をあげた。
日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟は、平昌五輪の女子2人乗りに2チームを出場させようとしている。昨年の世界選手権はスイスチームから借りたそりに押切と君嶋愛梨沙(日体大)が乗って7位。連盟は初のメダル獲得を狙うため、ヤマハが高速化した2台に加えて、オーストリア製の新しいそり1台を購入。3台のうち最速のマシンを平昌五輪に出場する1番手のチームに与える方針だ。
■「清宮ラグビー」で選手強化も
そりの開発は、選手強化の「コラボ」にも発展。ボブスレー日本代表からの打診にヤマハ発動機ラグビー部の清宮監督は「ボールを使わない練習を一緒にやってみてはどうか」と応じた。
7月4日、世界選手権で7位になった押切が静岡県磐田市にあるヤマハ発動機ラグビー部の施設を訪れた。筋力トレーニングやスタートダッシュの指導を受けた。ラグビー部の体力強化を担当する井野川基知コーチが「ラグビー選手が走ったり押したりする力を高めるための練習」を伝授した。
バーベルを床から胸付近まで持ち上げる練習で、井野川コーチは押切の動きを見ながら「ボブスレーに当てはめたら、どういう動きに効果がありそう?」と問いかけた。押切は「ボブスレーの動きに当てはめて考えながら鍛えることはあまりしていなかった」という。地面をけった両足が感じる反発力への意識の向け方や、体の合理的な動かし方を教わったりしたことで「細かい動きまで意識して、うまく体を動かせるようになった。これで筋トレがダッシュ力につながる」という感触を得た。
ラグビー場に出て芝生の上を走ると、バーベルを持ったトレーニングと、実際のスタートの動きを融合させた。今後、井野川コーチと連絡を取り合いながら個人練習を続けたいという。
ボブスレー日本代表の大石博暁強化部長は、ボブスレーで長野、ソルトレーク両冬季五輪に出たが、バレーボール男子日本代表で体力強化を担い、北京五輪出場を勝ち取った経験も持つ。井野川コーチもプロボクシングなど多様な指導経験がある。異なる競技のノウハウの融合について、大石強化部長は「これさえやっておけばいいという練習はどの競技にもない。ラグビーの視点で、どういう発想からトレーニングが生まれるのか興味深い」と語る。井野川コーチは「鍛えればまだまだ伸ばしていける自信がある」と太鼓判を押した。