シンポジウムで「医師は精神科に体験入院を」と提案する樋口直美さん(左) (2016年4月、東京都内、「新たなえにし」を結ぶ会提供)
■「恍惚(こうこつ)の人」から「希望の人びと」へ:4(マンスリーコラム)
認知症と診断されたとき、当事者の意思はどこまで生かされるのか。当事者の思いの対極にあるものは何だろうか。
認知症を公に語った女性 「しょうがない」笑顔の意味は
39歳で若年性認知症 丹野さん「僕にとっての希望は」
マンスリーコラム
忘れられない夜がある。
10年以上前の冬、首都圏にあるグループホームに泊まらせてもらった。玄関を入ると、「幸福の木」と書かれた観葉植物がホールにあった。ドラセナだ。ここで暮らす人生の大先輩たちに、「幸福、幸せ」について尋ねてみた。
アイさん(当時71歳)はしみじみと言った。
「そうねえ、子どもたちが元気でいることかしら」
そして、「だからぁ、お姉さんも病気してはだめよ」と私を気遣ってくれた。
前日、夜勤のスタッフに「殺してやる!」と叫んでいた声との差。こんなに穏やかなアイさんがいるんだ、と驚いた。
チエコさん(当時71歳)はシャキシャキとしていた。
「幸福? よく聞いてくださったわ。私、そういう話がしたかったのよ。私、幸せだなって、言ったことないと思う。私から遠い言葉。好きなことして生きてきましたけどね。幸福って、口に出すと、壊れるような気がするからかしら」
前日にあいさつしたとき、「ここで人生を終わりたくない」と言ったのが気になっていた。
施設長によるとアルツハイマー病で、介護保険の認定では要介護1。本人は自宅で一人暮らしを続けたかったが、きょうだいがこのグループホームをすすめたそうだ。
入居の日、玄関に「痴呆(ちほう)対応型生活介護施設」の看板がかかっているのがつらかった、と話してくれた。
「弟が私の家を売ってしまったからもう帰るところはないの。でも、病気の重い人やわけのわからない人と一緒に、このままここにいるのは耐えられませんよ。施設長と1回ちゃんと話さないとね」と嘆いた。
どんないきさつがあったのだろう。一度限りの人生なのに、本人の思いをもっと生かす支援ができないものか。
■マキロップさんが感じた恐怖
当事者の思いの対極にある、その最たるものは、意に反した精神科病棟への入院だと私は思う。
2015年11月、認知症当事…