チリバヤ文化(10~15世紀)の男児のミイラ。いかだの模型や食料となるネズミのミイラが副葬されていた=ペルー文化省・ミイラ研究所・チリバヤ博物館所蔵
布に包まれたミイラや、手術で大きな穴を開けた痕がある頭骨――。ミイラとともに暮らしたインカ帝国の遺物などを展示し東京・上野の国立科学博物館で開催中の「古代アンデス文明展」(朝日新聞社など主催)が、独自の死生観を伝えていると話題を呼んでいる。文字を持たなかったことでも知られる高度な文明が遺(のこ)したものを見る意義とは。ミイラなどを特別に撮影させてもらうとともに、監修者の篠田謙一・副館長兼人類研究部長に解説してもらった。
南米で数千年にわたり展開されたアンデス文明を、今回は六つのセクションに分けて紹介している。最後の「第6章 身体から見たアンデス文明」を、ある夕、閉館直後に訪れた。3体のミイラのほか、手術や人工的な変形の痕がある頭骨が展示されている。
乾燥したアンデス高地では、死体は加工しなくても自然とミイラ化する。ミイラに服を着せ、食事を供えるなど共に暮らした地域もある。死者の再生と結びついたエジプトのミイラに対し、アンデスでは死者との共存を示すという。
篠田さんは「人が死んでも朽ち果てない世界では、死体が残ってしまうからそのまま大事にした。ミイラを見てぎょっとするかもしれないが、私たちが亡くなった人の写真を持っているのも同じことかもしれない」と説明する。
開頭術を施された頭骨もある。穴の周りの骨は再生が進んでおり、術後もしばらく生きていたことがわかるという。頭骨に穴を開ける行為は、元々宗教的な意味を持っていたとされる。その技術が後に血腫の除去など外科手術に転用されたという。乾燥のため細菌感染の恐れはなかったとみられるが、手術の具体的な方法はわかっていない。文字がない文明のため、記録が残っていないためだ。
篠田さんは「文字がなくてもインカは帝国を作った」と語る。他民族を征服する過程で言語や神を押しつけた。文字の代わりに土器の造形や、布地のデザイン、結び目で数を示したキープと呼ばれるひもなどが使用された。
「旧大陸と切り離されて展開した新大陸の文明は、確かに違う点が多いが、宗教や音楽を持つなど共通点もある。アンデス文明を研究することで、人類の幅の広さと普遍的な部分が見えてくる。現代でも、自分と異なる文化を理解するのに役立つ」
アンデス文明にはわからないことが多い。それは文字がなかったことのほかに、征服したスペインが財宝を収奪し、ミイラなど「反キリスト教」的な風習を根絶やしにしたためだ。篠田さんは「ただし、インカも他民族を征服した際、似たようなことをしました」と指摘する。インカに征服された民族は、スペインの侵略の際、インカの敵に回ることもあった。「インカ(因果)応報ですね」
今回はほかに、出土した土器や貴金属、生地や服などを展示して、各地の文化の興亡や、宗教・社会を紹介している。
展覧会は2月18日まで。一般・大学生1600円、小中高生600円。
アルパカ撮影会も
1月21日(日)には、ペルーやボリビアに生息するアルパカの撮影会や、ケーナ奏者・瀬木貴将のライブがある。詳細は公式サイト
http://andes2017-2019.main.jp/andes_web/
。(曺喜郁)