今月14日、米軍がシリアの首都ダマスカスの「政権軍の化学兵器関連施設」へミサイル攻撃を行った=AP
中東で覇権を争う二つの地域大国、イランとサウジアラビアが明暗を分けている。内戦が続くシリアでは、イランが支えるアサド政権が優勢を固め、サウジが支援する反体制派は退潮が著しい。サウジはトランプ米政権に接近して挽回(ばんかい)を期すが、なりふり構わぬ外交がアラブ諸国を分裂させている。
強まるイランの影響力
「米国がシリアをミサイル攻撃しても、アサド政権の勝利は揺るがない!」
今月14日、アサド政権が化学兵器を使ったとして、米英仏が「政権の化学兵器関連施設」へのミサイル攻撃に踏み切った。首都ダマスカス中心部には、アサド大統領の写真やシリア国旗を掲げて攻撃に反発する大勢の人々が集まった。
この日、政権は首都近郊の反体制派拠点・東グータ地区を制圧。ロシアとイランの支援を得て、国土の半分以上を支配している。
シリア内戦は、中東の民主化運動「アラブの春」の影響を受けて、民主化を求める人々をアサド政権が弾圧したことをきっかけに始まった。イランは「主権尊重」を掲げ、アサド政権の支援にまわった。イランが派遣した民兵や部隊は政権軍の屋台骨を支える。
一方、サウジはアサド大統領退陣を訴え、反体制派を支援してきた。だが、反体制派は劣勢に追い込まれ、残る大規模拠点は北西部イドリブ県のみ。支配地は国土の1割にすぎない。
イランにはイスラム教シーア派が多い。サウジはイランについて、「イスラム教シーア派の人々を扇動して、各国の政体転覆をもくろんでいる」とみる。イラン封じ込めは最優先の対外政策になっているが、成果は出せていない。
今年3月、サウジの首都リヤドが南隣イエメンから弾道ミサイルで攻撃され、3人が死傷した。サウジでは2016年以降、イエメンからのミサイル攻撃が続いている。発射しているのはイランの影響下にある反政府武装組織フーシだ。
イエメンではサウジがハディ暫定政権を支える。フーシは14年、首都サヌアを占拠し、暫定政権を撤退させた。これを受けて、サウジは15年からフーシへの空爆を開始。だが、多くの民間人が巻き添えになっており、国際社会から非難されている。
中東ではシリアとイエメンのほか、レバノンとイラクでもイランと関係の深い勢力が影響力を持つ。
アラブ諸国、そしてイスラム教多数派のスンニ派の盟主を自認するサウジ。だがその周辺では、イランの影響力が強まる一方だ。
トランプ政権に近づくサウジ
焦るサウジに、千載一遇のチャンスと映ったのがトランプ政権の誕生だ。トランプ氏は17年の大統領就任前からオバマ前政権が結んだイランとの核合意を批判。就任後は破棄をちらつかせ、イランへの厳しい姿勢を保っている。
トランプ氏はイスラム教徒に対する差別的な発言をしたり、一部アラブ国籍者の入国禁止措置を講じたりしたが、サウジはなりふり構わず接近。トランプ氏は17年5月、初めての外遊先にサウジを選んだ。その外遊中、サウジは米国と計1100億ドル(約12兆円)に及ぶ巨額の武器購入契約を結び、米国の利益にこだわるトランプ氏を喜ばせた。
17年末、トランプ氏がエルサレムをイスラエルの首都と宣言した際には、他のアラブ諸国と同様にトランプ氏を非難したが、反米行動には踏み出さなかった。今のサウジにとっては「敵の敵は味方」だ。
サルマン国王の後継者のムハンマド皇太子は今月2日、米誌アトランティックのインタビューで「イスラエルの人々は自国の土地で平和に暮らす権利がある」と踏み込んだ。アラブ諸国の多くが敵対するイスラエルの存在を容認したと受け取れる発言は、内外に大きな波紋を呼んだ。
サウジ政府は否定するが、イスラエルと接触しているとの情報は17年以降、たびたび報じられている。「対イラン」で結束するサウジとトランプ政権、イスラエルの関係は、今後さらに強まる可能性が高い。
混迷の中東、さらに不安定にするリスク
ムハンマド皇太子は32歳だが、国王の信頼を得て強大な権力を独占している。
国内では昨年11月以降、収賄や資金洗浄に手を染めたとして有力王族ら300人以上を逮捕。ライバルになる勢力を追放した。また、禁止されてきた映画館の運営や女性の車の運転を次々に解禁すると表明。「新世代の改革者」という名声を確立した。
だが、台所事情は厳しい。「20年までに石油に依存しない経済に移行する」とぶち上げたが、政府歳入は今も7割近くを原油に頼る。歳出の2割超を占める軍事費は「イランの脅威」で年々増加し、5年連続の赤字予算を圧迫している。国民に対する補助金も減らさざるを得ない状況だ。
サウジにアラブの連帯を尊重する余裕がなくなり、ムハンマド皇太子が国益の最大化を目指す「サウジ・ファースト」の姿勢を強めていることは、アラブ諸国の分断を招いている。
17年6月には、隣国カタールがイランに接近したとして、サウジはアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンと共に断交に踏み切り、経済封鎖を行った。だが結果は、元々はイランよりサウジに近かったカタールが、イランとの関係を強化する裏目に出た。
今月14日に米英仏が「アサド政権の化学兵器関連施設」をミサイル攻撃した際には、いち早く米英仏への支持を表明した。だが、「アラブ諸国へのいかなる攻撃も拒絶する」(レバノンのアウン大統領)と反発も広がり、翌日のアラブ連盟首脳会議では米英仏の軍事行動に対する統一見解を出すことはできなかった。
イランに対するサウジ劣勢の巻き返しを狙うムハンマド皇太子の「賭け」は、混迷の中東をさらに不安定にするリスクを伴う。その成否は、サウジを最大の石油調達先とする日本にとってもひとごとではない。