(2010年準決勝 興南6―5報徳学園)
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「声」と「声」がぶつかり合ってはじけるような感覚。それは、甲子園を知り尽くした左腕にとっても、初めての経験だった。
興南―報徳学園 九回裏、力投する興南の投手島袋=2010年8月20日、阪神甲子園球場
「相手のアルプスの声援と味方の声援が、頭の上でぶつかるんです。今でも覚えています」。ソフトバンクの島袋洋奨は、懐かしそうに振り返った。
2010年8月20日。史上6校目の春夏連覇を狙う興南のエース島袋は、準決勝のマウンドにいた。
相手は報徳学園(兵庫)。沖縄勢初の夏制覇に向けて盛り上がる興南スタンドと、地元の伝統校を後押しする声援。試合は4万6千の大観衆が興奮せずにはいられない展開となった。
島袋洋奨
島袋は一回に1点を奪われると、二回も制球が定まらない。二つの四球などで2死満塁のピンチを招くと、報徳の3番中島一夢(はじめ)に走者一掃の左中間三塁打を浴びる。続く越井勇樹にも適時打を浴び、一挙4失点。0―5と大きくリードを許した。
だが、島袋に焦りはなかった。「バッティング、いいなあ」。前年の春夏、そして優勝したこの年の選抜も合わせて、12試合目の甲子園マウンド。「これだけ取られたんだから、もう取られないでしょ」と、切り替える余裕があった。
果たして、試合は島袋の「開き直り」の通りになる。
興南―報徳学園 2回裏報徳学園2死満塁、走者一掃の適時三塁打を浴びて本塁ベースカバーに入る投手島袋(左)=2010年8月20日、阪神甲子園球場
三回以降、徐々に球が走り出したエースが得点を与えずに踏ん張ると、打線は五回に3点、六回に1点と報徳を追い上げる。
そして、興南が試合の流れを完全にひっくり返すビッグプレーを見せたのは、六回の守りだった。
1死から報徳の1番八代和真がライナーで左中間を破る。50メートル5秒8の左打者は、当然、三塁を狙った。
「三塁まで行ってくれたほうがありがたい」。興南の中堅手慶田城開(けだしろかい)は、打球を追いながらそう思っていた。フェンスで跳ね返った白球をつかむと、何も見ずに、ただ三塁方向へ思い切り投げ返した。
ここに、興南の中継プレーの特徴がある。
通常、外野手は中継に入った内野手に向けて返球する。だが、興南では、外野手は中継のラインだけをイメージして、「遠投」をするのだ。その返球に内野手が動いて距離を合わせる。
興南―報徳学園 6回裏、外野の好守備に笑顔を見せる興南の投手島袋。右は捕手山川=2010年8月20日、阪神甲子園球場
打球を処理した外野手が、振り向いて内野手の場所を確認するわずかな時間を省くのが目的だが、もちろん、簡単ではない。毎日のキャッチボールからこのプレーを練習し、互いに肩の強さなどを熟知しているからうまくいく。
「うちはキャッチボールが一番きつい。その大切さが出た」と慶田城。遊撃手の大城滉二がつなぎ、三塁で八代を見事に刺したのだ。
こうなると、王者の勢いは止まらない。七回1死二塁から、3番で主将の我如古(がねこ)盛次が右中間への同点三塁打。続く真栄平(まえひら)大輝が、報徳の「スーパー1年生」田村伊知郎から中前適時打を放ち、試合をひっくり返した。
汗っかきで大会中に体重が6キロ減ったという島袋だが、球威はむしろ、試合終盤になって増していく。
八回は三者連続三振でこの日初めての三者凡退。圧巻は1死一塁で3、4番を迎えた九回だった。
「最後は自信のある球で」。中島には初球にスライダーを見せた後、直球を続ける。カウント2―2からの5球目は高めの143キロ。顔の高さに来たボール球だったが、中島は「ストライクに見えた」。驚くほどに伸びていた球に、バットは空を切った。越井にも直球を続け、この日12個目の三振で試合を締めた。
翌日の決勝で東海大相模(神奈川)を下し、春夏連覇を達成したが、島袋は、異様な雰囲気の中で報徳を逆転した準決勝こそ、あの夏の「ベストゲーム」だったと記憶している。(山口史朗)
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しまぶくろ・ようすけ 1992年、沖縄県生まれ。興南のエースとして史上6校目の春夏連覇を達成。中大では主将を務め、2015年にソフトバンク入団。左ひじのけがのため、18年から育成選手に。