ルービックキューブを、目隠ししたまま怒濤（どとう）のスピードでそろえる。そんな「スゴ技」の日本チャンピオンがいる。現在、研修医として働く山本祐輝さん（２４）だ。「なぜ目隠しを？」と言うなかれ。暗記力、集中力、技術を磨き、到達した境地を見せてもらった。

山本さんがいすに座り、一辺が３マスに分かれたルービックキューブを机に置く。

昨年冬に開かれたルービックキューブ日本大会で、山本さんは目隠しで行う４部門を全て制覇した。１時間のうちに、キューブ２５個の配置を一気に覚え、そのうち２４個を目隠しでそろえる記録も打ち立てている。

部屋に「ふぅっ」と山本さんの深呼吸の音が響く。神経を集中させているのが分かる。競技に臨むアスリートのようだ。

色の配置がバラバラに崩れたキューブを、さまざまな方向から見ること、わずか１１秒。アイマスクを目元へ。視界は真っ暗なはずだが、キューブを目にもとまらぬ速さで動かし始めた。

一体何を手がかりにキューブを回しているのか。カシャカシャカシャと音だけが響き、一心不乱に完成へと突き進んでいることは分かる。室内の空気は張り詰め、記者がノートをとる音も出しにくいほどだ。

目隠しして２２秒後、山本さんが勢いよく机に戻したキューブは、６面すべてが見事にそろえられていた。

ひらがな２０文字に変換

バラバラのキューブの配置を、たった１１秒でどうやって覚えたのだろうか。

山本さんは「ひらがなに置き換えています」と説明する。にわかには理解しにくい話だが、キューブの各マスにひらがなを割り振り、たとえば「い」の位置に「う」のパーツがあるといった形で配置を把握しているのだという。一辺３マスのキューブなら、配置を２０文字ほどのひらがなに変換できるという。

しかし、まだ壁はある。

日本語として意味のない２０文字を、瞬時に覚えるのも至難の業だ（レトロゲームファンはドラゴンクエストの復活の呪文を思い出して欲しい）。

ここでも記憶術があり、文字列を２文字ずつ分解して覚えるのだという。

例えば「かき」なら「柿」、「にる」なら「煮る」のように変換。「柿を煮る」など具体的なイメージにして覚えていく。記憶に使う２文字の組み合わせは約５００通りあり、全てどんなイメージにするか決めてある。

そろえ方も特殊

山本さんは「キューブを見てそろえるのと、目隠しとでは求められる知識や技術が大きく違います」と難しさを語る。それは、キューブをそろえる手順にも表れている。

一般的にルービックキューブは下方から一段ずつ色をそろえていく。しかしこの方法は着実ではあるものの難題が。そろえた部分以外の配置も大きく変わるため、目隠し状態では、変化を追い切れなくなってしまうのだ。

そこで「ほかには全く影響を与えず、一部のマスの位置だけを入れ替える手順」を数百通り暗記。それを素早く駆使し、常に現状を把握してそろえていくのだという。

どれも大変な暗記量のように思えるが、山本さんは「英単語などと一緒で、数百通りの手順も時間をかければ覚えられます。瞬時に大量の暗記をしているように見えるかもしれませんが、実は事前準備の積み重ねなんです」と明かしてくれた。

記憶の研究に意欲

山本さんがルービックキューブと出会ったのは１０年前、中学２年生のときだった。

本屋で解説書が偶然目にとまり、購入。すぐに公式大会に出るほど夢中になった。目隠しに挑戦し始めたのは、７年前から。「工夫して、厳しい条件の中で解く楽しさ」にはまり、医大受験の合間をぬって練習を重ねた。

今春からは、医大を卒業して研修医として働いている。練習に時間は割けなくなるが、試行錯誤して作り上げたテクニックを眠らせるつもりはないという。第一人者として「技術を後輩たちに伝え、競技を盛り上げていきたい」と意気込む。

身をもって人間の能力の可能性も知った。「医者として、将来は神経や脳、記憶にまつわる研究もしてみたい」と語る。（信原一貴）