落合恵子さんが種から育てたヤグルマギクは思い出の花。「母が神経症で入院した小学校低学年のころ、この花を手で持って見舞うと、途中で首が垂れてしまって」=東京都港区北青山のクレヨンハウス
子どもの本の専門店「クレヨンハウス」を主宰する作家の落合恵子さん(73)が21年ぶりに小説「泣きかたをわすれていた」(河出書房新社)を出版しました。長く遠ざかってきた物語をなぜ今、書いたのか。作品に込めた思いを聞きました。
《主人公の冬子は72歳。冒頭、自宅で介護する認知症の母親から「おかあさん」と呼ばれた瞬間の、戸惑いと受容がせめぎ合う心の描写から始まる。落合さんも2000年から7年間にわたる在宅介護の末、母を看取(みと)った。婚外子として生まれ、子どもの本屋を営み、独身という設定も重なっている。》
母を介護している最中は、コラムやエッセーしか書けませんでした。長いものを書く時間も精神的余裕もなかった。それでも介護に関する反響は大きくて、介護する人たちの心情がつづられたお便りは段ボール3箱分にもなりました。
当時連載していたのは主に新聞で、大勢の目に触れるがゆえに書くのがためらわれることがありました。例えば朝一番に読んだ時、「介護ってやっぱりしんどい」と失望させてしまう話とか。自分の心にふたをしたり、フッと笑えるニュアンスにしたりしました。それも私の介護の現実ではあったのですが。
母が他界して10年。私も70代になり、いつまで元気かわからない。自分の人生を問い直したかったこともあります。あの介護から見えたものも小説なら書ける、と。書き進めながら、介護中に書いた文章にうそはなかったけれど、感情の揺れなどで、小説の方がより真実に近いと感じました。
《小説でしか書けなかった一つが、失禁の後始末。リビングで便をもらした母親を、冬子はトイレに誘導して汚物を拭き取り、浴室で下半身を丁寧に洗うと、自ら服を脱いで一緒にバスタブへ。母親の皮膚の感触まで伝わる表現も含め、10ページ近く割いている。》
2人でトイレにたどり着くまで…