中川李枝子さん
何をするにも嫌がる2歳前後の時期を指す「イヤイヤ期」。もっと子どもの気持ちに添った呼び方に変えませんか、という「声」欄への投稿をきっかけに、紙面で新しい呼び方を募集したところ、500件を超える投稿をいただきました。寄せられた体験や別名の案からは、現代の育児環境の厳しさも浮かびました。
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嫌がるのは「安全」だから 「ぐりとぐら」作者 中川李枝子さん
人気の絵本シリーズ『ぐりとぐら』の作者、中川李枝子さんは、元保育士。デビュー作の『いやいやえん』は、自身が働いた園での出来事を基に書いた作品でした。服を着るのも、朝食も、保育園も嫌がる主人公の男の子が、「イヤイヤ」と言う子どもの主張を全面的に受け入れる自由な園に連れて来られる物語です。初版から55年余りを経た今も、保育士や親子の間で読み継がれています。中川さんに、イヤイヤ期に悩む現代の親子をどう見ているか、聞きました。
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イヤイヤ期という言葉は今回初めて知りました。2歳前後って区切る必要はないんじゃないですかね。子どもらしい子どもは、みんなそういうものよ。
「いやいやえん」は、私の実体験がモデルです。あるとき、年長組の「ボス」の子が、「この保育園はいい保育園だ。でも先生がよくない。これからという時に、片付けなさいと言う」と言い始めたんです。
びっくりしましたが、「じゃあ1日、好きなようになさい」と、片隅にいて見守ることにしました。子どもたちは「よし」と喜んだものの、何をしていいかわからず、こちらをチラチラ見ます。いつものように遊べず、けんかもできず、やがて大きな声で独り言を言い始めました。お昼の時間になると「お弁当どうすんのかなー」「お当番さんいないのかなー」と。そのうち、「やっぱり先生いた方がいいよ」と悔しそうに寄ってきました。
子どもの主張に本気で向き合うのは、保育士でも本当に大変です。でも、子どもが安心してイヤイヤし、自分の思いを表現できる環境は大切。親や保育士が安全地帯だからこそできることです。
最近は外で泣く子をあまり見ないと感じますが、思い切り泣いたっていいじゃないの。もし、イヤイヤと言われ続けて苦しくなったら、ノートか何かに「今日のイヤイヤ」を記録しておくのも一手だと思います。老後、見返すことを楽しみにね。
孤立する親子 まなざしゆるめて 川田学・北海道大学准教授(発達心理学)
5年前、専門誌で「ブラブラ期」への呼び変えを提案したところ、かなりの反響がありました。今も保育団体から講演依頼があります。今回の投稿数を見ても、子育て中の保護者にとって切実な問題であることがわかります。私は子育て支援NPOの理事もしていますが、背景には「ワンオペ育児」と「アウェー育児」という二つの問題が浮かび上がります。
イヤイヤ期にあたる2歳児の母親が、これほどまで孤立した時代はなかったと思います。2016年、札幌市の2歳児の親1389人に調査したところ、「日ごろ立ち話をする人がいない」と答えた人の割合が16%にのぼりました。また、「子育てひろば全国連絡協議会」による15年の調査では、72%の母親が自分の育った市区町村以外で子育てをしています。
孤軍奮闘と周囲の目で、母親は「子どもをきちんとさせないと」と過剰に緊張しているのです。別名案で「めばえ」「のびのび」など自然に任せる形容が多く挙がったように、本当は親もゆったりした心やまなざしの中で、子どもをもう少し自由にさせてあげたいはず。親子を見守る周囲のまなざしをゆるめ、子どもの自然なふるまいに合わせて環境を見直すことで、大人も子どもももっと生きやすくなるのではないでしょうか。
感情的になり後で反省
寄せられた体験談や意見の一部を紹介します。
●「育休から復職した昨年、2歳の娘が保育園から帰ってからのイヤイヤは、親子ともに本当につらかった。呼び方を変えれば、親も少しは前向きな気持ちでいられるかなと思いましたが、現実は……。今朝の娘は着替え、トイレ全部がイヤでパジャマで登園しました。30分説得しましたが、最後は私も感情的になって、『どうしてみんなができることができないの?』『早くしなさい』など、育児書のNGワードを連発してしまい、通勤中の電車内で反省しているところです」(東京都 安田香織さん 37)
●「長男のイヤイヤに付き合いきれず、怒りやイライラが収まらない時期がありました。買い物中、私が他のお店に行きたいのに、長男は『ヤダ!』『まだ見たい』ばかり。赤ちゃんの頃はあんなにかわいいと思っていた長男に、こんなにイライラしてしまう自分がいるとびっくりしたくらいです。ある日、長男の『ヤダ』を受け入れてみました。すると、本当にちょっとの時間付き合うだけで、気持ちが収まったのです。こんなことでもよかったのねと分かってから、親子ともに気持ちが軽くなりました」(熊本県 高木陽子さん 42)
●「長男が2歳、次男が1歳。次男に手がかかることが多い中で長男のイヤイヤ期が重なり、毎日の子育てに嫌気が差していたところでした。2人をお風呂に入れた後に、湯冷めしないよう、いち早く身体を拭いて服を着させようと必死な親と、自分で身体を拭いて服を着たいという子がぶつかります。子どもの意思とチャレンジ精神を生かしてあげたいですが、つい親が手を出してしまいます」(茨城県 山田貴之さん 27)
●「イヤイヤ期という言葉を、保育現場で何げなく使っていました。昨年から園長になりましたが、保育士として現場にいたときは、楽しく安全な保育をすることで頭がいっぱい。子どもの『イヤ!』も『イヤイヤ期だからそうよね』と思ってしまっていました。客観的に子どもを観察する余裕が出てきたいま、『イヤ』という子どもの言葉は、大人を否定する意味ではなく、『○○したい』『○○したくない』という主張そのものだと気付けました。保育士にも余裕を持ってと伝えています。心に余裕がないと、子どもの細かい気持ちがくみ取れません。大人がちょっと立ち止まって、子どもの思いに寄り添える環境が広がればと願っています」(愛知県 戸塚春美さん 48)
●「『イヤイヤ期』の新聞記事を題材に、高校の家庭科の授業のとき、クラスのみんなで、別の呼び方の案を出し合いました。そのとき思い浮かんだのが、いとこのイヤイヤ期に向き合う叔母の姿。叔母が仕事から帰ってきたとたん、いとこは『ご飯はイヤ!』『お風呂はイヤ!』と甘えてわがままを言います。夜、『もう大変……』とつぶやいていた叔母にエールを贈るつもりで、『お母さんふんばりど期』を提案しました。『全国のお母さん、頑張れ』の気持ちがこもっています」(大阪府 山本彩菜さん 16)
●「3人の子を育児中。『公園からそろそろ帰ろうか』『いや~』『手を洗おう』『いや~』『おむつかえよう』『いや~』『じゃあやめとこうか』『いや~』『それならねんねしようか』『いや~』。こじれる度に泣いて、イヤの連発。何十分もそれが続けばもういい加減にしてよ~と心で思う。もちろん子どもの成長はうれしい。でもそれを上回るくらい、言葉が通じない、でも愛する子どもの初めての抵抗や自我の発揮にはてこずります。ワンオペやシングルで1人何役もこなし、広い心で余裕を持って子どもと接したいと思っても、それがかなわないことでまた心が苦しくなるというママも多いのではないでしょうか。こういう環境のなかで呼び名を変えてもイヤイヤに対する親のネガティブな気持ちは変わらないと思います」(大阪府・30代女性)
●「イヤイヤ期というメジャーな言葉があったからこそ、ママ友とも大変さを共有できたのかなと思う。名前を変える必要はないと思います。イヤイヤの相手がしんどくなっても、『今はイヤイヤ期だから仕方ない』と、言葉のおかげで思えていました」(東京都・40代女性)
●「長男のイヤイヤ期がひどく、当時は本当に大変な思いをしていました。小児科の先生から『ちびっ子ギャング』と呼ばれたこともあります。でも、いつのころか、そんな大変さはどこかに消えていました。息子はもう大学生。いまではゆっくり向き合う時間もあまりなく、あの頃の大変ささえ懐かしく、恋しく感じます。悩んでいる人たちには、あえて『今だけだから、楽しんで』と伝えたい」(東京都・50代女性)
●「イヤイヤ期が来るまでは、いろんな記事や本を読んで戦々恐々としていましたが、子どもがいきいきとしているので、泣こうが、わめこうが、寝転がろうが、最近は気にならなくなってきました。商店街のど真ん中で寝転んで大泣きした時、知らないご婦人が、笑みを浮かべながら『ボクもママもがんばれー』と空気をよくしてくれました。屋内で大泣きした時は、『うるさくしてすみません』と言うと、『子供は泣くもんやから、気にせんでええよー』と言われ、どれだけ救われたかわかりません」(東京都・40代女性)
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「周りから白い目で見られないか」「時間がないのに、もう勘弁して」。2年くらい前、いわゆるイヤイヤ期にさしかかった息子の行動が管理できないストレスを感じていました。今になって、息子の「イヤ」という表現に含まれていた多くの主張を見逃していなかったか、反省しています。「いいじゃないの、イヤイヤしたって」。取材で多くの方からこんなメッセージをいただきました。当時、この視点を持っていたら……。電車やスーパーで「イヤ!」と叫ぶ子どもがいたとき、きっと子どもだけでなく、親も「気持ちをわかってもらえない」とつらいはず。せめて周囲では、そのつらさを否定せず、見守る余裕を持ちたいと思いました。(中井なつみ)
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