シリア内戦でアサド政権軍が優勢を固めるなか、国外に逃れた500万人を超える難民の帰郷が課題になっている。異国での生活苦から帰国した政権支持者がいる一方、反体制派に共鳴した人たちは、政権による報復を恐れて戻れないままだ。破壊された街の再建も手つかずで、復興への道筋は見えていない。
「アサド大統領支持というだけで仕事がなかった」。6月に約3年過ごしたパリからシリアに戻ったカマル・マクスードさん(48)は9月上旬、シリア情報省の男性通訳を通じて、記者の取材に応えた。
地中海沿いの西部ラタキアでカフェを経営していたが、過激派組織「イスラム国」(IS)などの攻撃が迫るのを感じ、パリでジャーナリストをする妻と子のもとに逃れた。自身も職を探したものの不採用が続き、疎外感が募った。
昨年末ごろから、テレビで内戦の終息が近いとのニュースに触れ、「生まれ故郷で復興に貢献してから死にたい」と帰国を決意。ダマスカスの姉ソサンさん(50)宅に身を寄せ、内戦終結を見越して帰還者向けのアパート建設の準備をする傍ら、同胞を励ます曲や戯曲を創作する。
1年余り滞在したドイツから2016年6月に帰国したテレビ局勤務、フィラス・ジュリラティさん(28)は現地で入居したアパートが地元住民から投石を受けたと憤った。「シリアの復興には内戦の早期終結が必要だ。そのために、アサド大統領を支持する」と語り、こう続けた。「シリアの復興は(関係国ではなく)シリア人が担う」
一方、北西部イドリブ県出身で、反体制派を支持し、15年8月に国境近くのトルコ南部ガジアンテップに逃れたラドワンさん(40)は「シリアにいつ戻れるか想像できない。政権側には反体制派の支持者だったことが知られており、戻れば間違いなく処刑される」。トルコでシリア難民が職を得るのは難しく、家賃を払うのも大変だが、当面はトルコで暮らすしかないと考えている。
内戦で荒廃した生活インフラも帰郷のハードルだ。記者が9月上旬に訪れたダマスカス郊外のダラヤは、内戦前にいた約20万人が避難したまま無人だった。
中心部は、ほぼ全ての建物が破壊され、反体制派が書いたとみられる政権批判の落書きが各所に残っていた。政権軍の警備担当の男性兵士は「電気も水道も回復していない。住民が元の自宅で暮らせるようになるには、相当の期間がかかりそうだ」と話した。
シリア外務省によると、国外に避難した500万人超のうち、帰国者は約3万5千人にとどまるという。内戦の物的損害は約3880億ドル(約44兆2千億円)と見込まれ、国連は昨年11月、「復興には少なくとも2500億ドルかかる」との見方を示している。(ダマスカス=杉崎慎弥、イスタンブール=其山史晃)