ラスト20分のスクラムにかけろ。ラグビー・ヤマハ発動機の清宮監督から、そんな指令を受けたベテランFWがいる。元日本代表の右プロップ山村亮。20歳代の頃は派手な突破も得意だった37歳がいま、途中出場からのスクラムや地味な密集戦に全てを捧げる。きっかけは、監督と二人っきりの話し合いだった。
ラグビーワールドカップ2019
「今日のエネルギー、来週に取っておきますよ。ハハハ」。山村は豪快に笑った。トップリーグ上位トーナメント準々決勝のNTTコム戦(1日)、出場は最後の数分のみだった。先発FWが相手を圧倒し続け、選手交代の必要がなかったから。「先発が疲れてスクラムが停滞した時、もう一押しを加えたい」。8日の準決勝サントリー戦へ抱負を語った。
経歴は華々しい。パワーとトライへの嗅覚(きゅうかく)を兼ね備えたプロップとして、佐賀工高から黄金時代の関東学院大へ。4年間で3度の大学日本一に貢献した。4年時の2003年は、学生唯一の日本代表としてワールドカップ(W杯)に出場。ヤマハに加入し、07年W杯にも選ばれた。つかんだキャップ(国際試合出場数)は39個に達する。
ただ、寄る年波にはあらがえず、2季前から控えに回った。今年の春先、清宮監督に呼び出され、告げられた。「若手にチャンスを与えたい。先発での起用は考えていない。試合の残り20分、短い時間でスクラムに勢いを与えて流れを変えてほしい」。スクラムにこだわりを持つ指揮官ならではの起用法でもあった。
「現役である以上、常に3番(右プロップ)のジャージーを着たい」とのこだわりを胸にしまい、山村は気持ちを切り替えた。10年には本社の業績不振による部の縮小も経験し、「この年齢までラグビーをやらせてもらえるだけでありがたい。求められた役割で恩返しする」。ベンチから大声で後輩に助言し、拳を掲げて鼓舞しつつ出場機会を待つ。その姿に清宮監督の信頼も深まる。「山村という存在がチームを盛り上げてくれる」
今季は出場7試合全てが途中から。残り20分を切る後半20分過ぎからの登場が定番だ。「突破できる選手は他にいるから」と、パスを待つことはない。186センチ、118キロの体を密集に投げ出して味方を支える。片手で数えられるほどのスクラムに集中し、最前列の右端から圧力をかける。
出場時間は限られても、体のケアは怠らない。練習前は必ず5分間、熱めの風呂に入って体を温めてから柔軟体操でほぐす。「いつまでも『山村は必要だ』と仲間が感じてくれたら」
ピッチに立っても、一度もボールには触らないかもしれない。それでも、控えの18番のジャージーをまとった大きな背中には、目を凝らす価値がある。(中川文如)