ずっとモヤモヤしています。
「クビを覚悟」で本書いた 「明るい社会保障」の震源地
「生活習慣病は自己責任 うやむやはダメ」経産官僚語る
終末期医療費かさむ「200%間違い」 ひどさに指摘が
きっかけは、昨年10月23日の記者会見で、日ごろ財務省を取材している同僚記者がした質問に対する、大臣の麻生太郎さんの答えでした。
「『自分で飲み倒して、運動も全然しねえで、糖尿も全然無視している人の医療費を、健康に努力しているオレが払うのはあほらしい、やってられん』と言った先輩がいた。いいこと言うなと思って聞いていた」と他人の発言を引いて、麻生さんは自分の思いを語りました。
この「先輩」は、78歳の麻生さんより年上。健康に気をつけ予防に取り組んでいる「先輩」は、隣にいた「自分で飲み倒して、運動もしない」人を指さし、「あほらしい、やってられん」と言ったのだそうです。
ソーシャルメディアでは「自己責任論と弱者排除を振りかざす醜悪体質」などの批判を招いて炎上しました。一方、「正論だし本音」という賛意の声も上がりました。
なぜ、モヤモヤしたのか。記者(52歳)は20年近く社会保障の取材をしてきて、健康状態を過度に個人の努力不足のせいにするのはおかしいという意見です。でも、暴飲暴食を繰り返している人を前にすれば、麻生さんと同じような思いを抱く人も多い。だから、政治家の麻生さんは、ホンネの政治家として人気があるのでしょう。こうした発言が繰り返されることで、「あほらしい、やってられん」というギスギスした雰囲気が生まれないか。そんなことが心配になったからです。
私も20~30歳代の頃は、「年金問題」の取材などに追われて夜中に飲み食いする日々が続きました。今は、日々勃発する出来事を追うポジションではなく、健康に気をつける余裕があります。でも、世の中には私と同じ50歳代で強いストレスを受けながら激務をこなしている人も多いでしょう。
「生活習慣病って冷たい言葉」
実はいま、国は「予防」を推進して医療費を抑制する政策を進めようとしています。中心は経済産業省で「明るい社会保障」というスローガンを掲げています。主なターゲットは糖尿病などの生活習慣病です。2017年に105歳で亡くなった医師の日野原重明さんも「成人病」に代わる名前として提唱しました。背景には、個々人の生活習慣が原因でなる病気なのだから、個々人の努力で予防できるはず、という考え方があります。
ですが、本当にそうなのでしょうか。また、予防によって医療費は抑制できるのでしょうか。こうした考えには異論があります。
「生活習慣病って冷たい言葉だよね。自己責任を過大に評価している。このニュアンスが独り歩きすると、麻生さんみたいな発言になっちゃう」。そう話すのは、首都圏で人工透析専門のクリニックを運営するベテラン医師です。
生活習慣病とされる病気の一つが糖尿病(2型)。これが原因で腎臓が働かなくなると、血液から老廃物を取り除くため透析治療を受けなければいけません。
糖尿病を悪化させるのは、長時間労働しながら、安い外食に頼る人が目立つといいます。「目の前のことに精いっぱい、ギリギリの暮らしで健康のことなど考えられない人が多いんです。貧困病という側面がある」と話します。
体中の血液をきれいにする透析治療の標準は1回4時間を週3回。心身ともに負担の大きい治療を生涯受け続ける必要があります。生活全般にも厳しい制約がかかります。その大変さは、健康な人間の想像を超えるものでしょう。胸が痛みました。
生まれつきかの線引き「難しい」
社会の仕組みが健康に与える影響を研究している東大准教授の近藤尚己(こんどう・なおき)さんは、麻生さんが会見で述べた「(不健康が)生まれつきなら諦める」という言葉が気になったといいます。「不健康が生まれつきかどうかの線引きは難しい」からです。
「子どもの頃に置かれた厳しい環境が積み重なると、大人になってから不健康になるリスクが上がります。自分の努力ではどうしようもない事情は様々あるのに、今の状態だけで自己責任かどうか判断するのはよくないし、事実上不可能です」と近藤さんはいいます。
いま、霞が関の官庁で国の動きを取材していると、この「予防」や医療費の抑制をめぐって様々な新しい動きがあります。「メタボ健診」が導入された時のように、私たちの生活に影響する変化が起きるんじゃないか。今度はそれが気になって、モヤモヤが続くのです。(浜田陽太郎)