表彰台の上で、アリーナ・ザギトワ(ロシア)は泣いていた。
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今年1月、ベラルーシ・ミンスクで開催されたフィギュアスケートの欧州選手権。2連覇に向け、ショートプログラム(SP)は首位発進だった。だが、フリーで崩れた。序盤の3回転ジャンプで転倒するなど精彩を欠き、同じロシアのソフィア・サモドゥロワに逆転を許した。2位。「何もないよりは、銀メダルを取れてよかった。私のパフォーマンスをファンの皆さんに謝りたい」。国際スケート連盟の公式サイトが、痛々しさのにじむコメントを伝えている。
平昌(ピョンチャン)五輪の女王として臨む今季、16歳は起伏の激しい時間を過ごしてきた。
幕開けは、五輪金メダルの勢いをそのまま新シーズンにも持ち込んだように映った。国際大会初戦は2018年9月、ドイツ・オーベルストドルフで開かれたネーベルホルン杯だった。SP、フリーともに1位で女子世界最高となる合計238・43点をマークし、世界をうならせた。
グランプリ(GP)シリーズ初戦となった昨年11月のフィンランド大会でも、唯一200点台に乗せる完勝。「大事なのは自分のスケートに集中すること。良い演技を見せること。それが全て」。コメントも貫禄たっぷりだ。続く、地元開催のGPシリーズ・ロシア杯でも優勝。SPではノーミスで世界最高得点を更新し、女王のすごみを見せつけた。
ただ、ここから輝きが鈍り始める。
昨年12月にカナダ・バンクーバーで開かれたGPファイナルはSP、フリーともに2位。同じ16歳の紀平梨花(関大ク)に敗れ、連覇を逃した。「少しナーバスになって、最高の力を発揮できませんでした」と語ったのはSP後の会見。終始、悔しそうな表情を浮かべ、紀平に関する質問には顔をしかめて明言を避けた。
苦しい胸の内を吐露したのは、フリーを滑り終えた後だった。「(昨季の)シニア1季目は、周りからの期待がなかったので勝つのは簡単でした。今はたくさんの期待があり、気にしなければいけません」。他のスケーターだけでなく、ザギトワは経験したことのない重圧とも戦っていた。
その2週間後、モスクワから東へ約500キロのサランスクであったロシア選手権では5位に沈む。SPは1位だったが、フリーは2度転倒して12位。合計212・03点で、年下のジュニア選手に表彰台を独占されてしまった。今年1月の欧州選手権でも、この悪い流れから抜け出すことはできなかった。
わずか16歳にして世界中の視線を集めながら演技をする難しさは、本人にしか分からない。ザギトワへの注目度は、以前と桁違いと言っていい。例えば、プーチン大統領がクレムリンで開いた五輪メダリストへの勲章授与の式典では、贈られた高級ドイツ車に笑顔で乗り込むザギトワのニュースが世界を駆けた。振り返れば、GPシリーズ初戦のフィンランド大会では「今までとは少し違った気分」と漏らしていた。
揺らぐメンタルに加え、五輪後に身長が7センチ以上伸びたことも失速と無縁ではないだろう。ステップ、スピン、ジャンプの全てが繊細なバランスの上に成り立っているのがフィギュア。体の変化はスケーターにとって大きな問題になる。
ただ、ザギトワは前を向いている。悔し涙の欧州選手権直後、ロシアのタス通信によると、「モスクワに戻ったら、すぐにジムに行きます」と語ったという。
さいたま市で開催される世界選手権の女子SPは20日、フリーは22日。ザギトワは再び輝くか。(吉永岳央)