同じ罪状の2人の明暗を分けたのは何だったのか――。北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(キムジョンナム)氏が2017年2月にマレーシアで殺害された事件の裁判で、検察は14日、殺人罪に問われた実行役のベトナム人被告が求めていた起訴の取り下げ要請を却下した。これに対し、もう一人の実行役のインドネシア人被告は11日、釈放された。
正男氏暗殺から2年、見えた捜査の裏側 米機関と接触か
「何が起こっているのか、私には理解できません」。クアラルンプール郊外の裁判所であった公判で、ベトナム人のドアン・ティ・フォン被告(30)は裁判官に、か細い声で訴えた。検察が起訴を取り下げないと表明したことで、勾留継続が決定的となった。被告人席でフォン被告はうなだれ、赤く腫らした目を何度もぬぐった。
担当弁護士は「なぜフォン被告だけ釈放が認められないのか。理由を説明する道義的責任が司法にはある」と憤った。フォン被告は不眠続きで体調を崩し、14日に予定された被告人質問は来月に延期された。
フォン被告の父ドアン・バン・タインさん(65)は14日、電話取材に「とても悲しい。どうすればいいのか」と語った。「帰ってきたら食べさせてあげたい」と5カ月前から自宅で豚を2頭飼っている。娘のベッドも準備してあるという。
フェイスブックなどには「釈放されなかった!」と驚く投稿が相次いだ。ハノイで飲食店を営む女性は「政府は釈放に力を尽くしてほしい」と話した。
一方、インドネシアではシティ・アイシャ元被告(27)の釈放を主要メディアが大きく取り上げている。日刊紙コランテンポは、ジョコ大統領が昨年6月、マレーシアのマハティール首相と会談したことが背景にあると読み解いた。
シティさんの帰国には法務人権相が付き添い、空港から向かった外務省ではルトノ外相が出迎えた。12日にはジョコ氏が大統領府に招いて面会した。
ジョコ氏は今回の釈放について、政府が2年以上にわたってマレーシア当局に支援を求めた「長い努力の成果だ」と強調。4月の大統領選での再選をにらみ、釈放を国内向けのアピールに利用している。(ハノイ=鈴木暁子、ジャカルタ=野上英文)
外交関係、証拠に違い
マレーシアにとって、宗教や文化、言語などに共通点が多い隣国インドネシアは、最も関係の深い国の一つだ。マレーシアの政治評論家アズミ・ハッサンさんは「インドネシアとは草の根レベルで関係が深く、(シティさんへの)同情の声はマレーシアでも強かった」と見る。
また、裁判でもシティさんを釈放しやすい状況が生まれていた。検察は殺意を示す証拠がない上に、犯行場面を捉えた監視カメラ映像が途切れていたり、犯行に使われた猛毒「VX」の関連物質が検出された上着がシティさんのものだとは言い切れなかったりと、証拠が弱かった。
一方、フォン被告は監視カメラ映像が鮮明で、逮捕時に爪や服からVX関連物質が検出されるなど実行行為を裏付ける証拠がそろっており、放免しにくい事情があった。
インドネシアに後れを取った形のベトナム政府も釈放への働きかけを強めている。外務省報道官は14日の記者会見で「ベトナム政府はフォン被告が直ちに釈放されるべきだと確信している」と述べた。(クアラルンプール近郊=守真弓、乗京真知)
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ドアン・ティ・フォン被告(30)
出身:ベトナム北部ナムディン省
仕事:バーで接客
事件との接点:北朝鮮の男に誘われたとされる
事件での役割:正男氏の顔に後ろから毒を塗ったとされる
現状:勾留続く
シティ・アイシャ元被告(27)
出身:インドネシア・ジャカルタ近郊
仕事:ホテルでマッサージ
事件との接点:北朝鮮の男に誘われたとされる
事件での役割:正男氏の顔に前から毒を塗ったとされる
現状:釈放・帰国