2016年の米大統領選への介入をめぐって米国を揺るがしてきた「ロシア疑惑」。トランプ大統領は、マラー特別検察官の捜査報告書でロシアとの共謀が認定されず、すぐさま「勝利宣言」に踏み切った。ただ、トランプ氏による司法妨害などが完全に「シロ」だったかはあいまいで、疑問はなお残ったままだ。(ワシントン=杉山正、土佐茂生)
ロシア疑惑、トランプ氏は潔白なの? 六つの焦点を解説
ロシア疑惑とは 選挙・ビジネス…トランプ氏巡る深い闇
「私を陥れようとする違法な試みは失敗した」
トランプ氏は24日午後、週末を過ごしたフロリダ州で大統領専用機に乗る直前、記者団に語った。続けて、こう勝利宣言した。
「長い捜査の末、多くの人々がひどく傷つき、敵側も悪いことをしているのに全く調べられることもない中、ロシアとの共謀は無いと発表された。今まで聞いたなかで、最もバカげた話だ」。こうも語った。
政府幹部によると、トランプ氏はこの直前、別荘「マール・ア・ラーゴ」で、バー司法長官が議会に出した書簡について弁護士らから説明を受けた。ロシアとの共謀は認められず、司法妨害も判断が見送られたという内容を聞かされると、「とても素晴らしい」と上機嫌になったという。
トランプ政権は発足当初から、ロシア疑惑に苦しめられてきた。ただ、もともとは身から出たさびだ。
国家安全保障担当の大統領補佐官に指名したフリン被告が大統領選勝利後、駐米ロシア大使と会って、対ロ制裁緩和を協議していたことが分かり、ロシアとの不適切な関係が表面化。その捜査に当たった連邦捜査局(FBI)のコミー元長官をトランプ氏が解任したため、司法妨害の疑いが一気に持ち上がった。
トランプ氏はこうした疑惑を、民主党の陰謀説と断罪し、わずか4枚のバー氏の書簡をもって「無罪放免」と幕引きを図ろうとしている。さらに、2020年大統領選に向けて、民主党のさらなる追及を「陰謀」だと批判する材料として利用していく構えだ。
この日、トランプ氏の選対本部は声明で「民主党は2年間、混沌(こんとん)とし、陰謀まみれのジェットコースターに我々を乗せてきた。この陰謀は終わらない」と批判、トランプ氏の支持層をかき立てるように訴えた。
民主「報告書の完全公開を」
トランプ氏は幕引きを急ぐが、疑問はなお残る。
ロシアの選挙介入に関し、マラー氏の報告書では「トランプ氏陣営や関係者がロシア政府と共謀したり、協力したりした証拠は見つからなかった」と結論づけたとされる。
しかし、トランプ氏陣営とロシアとの数々の不透明な関係は謎のままだ。
捜査によると、ロシアが民主党陣営をハッキングし、大量のメールを入手。2016年7月に内部告発サイト「ウィキリークス」(WL)で暴露した。トランプ氏の30年来の盟友で選挙顧問だったロジャー・ストーン被告は陣営ぐるみでWLと接触を図った。だが、そのやり取りや関係性の詳細は明らかになっていない。
さらに、メールが暴露される1カ月以上前に、トランプ氏の長男ジュニア氏や娘婿のクシュナー氏が、トランプタワーで、ロシア政府に近いロシア人弁護士らと密談。弁護士から民主党のクリントン陣営に不利な情報を提供したいと持ちかけられた。この面会のやり取りや、トランプ氏がどれだけ把握していたかなども明らかにされていない。
選挙直後にフリン被告が駐米大使と対ロ制裁緩和について協議した背景も分かっていない。マラー氏は昨年12月に裁判所に提出した書面で「機微に触れる情報を提供した」と指摘する。
一方、トランプ氏による司法妨害の有無はさらにあいまいだ。マラー氏は、犯罪かの判断はしなかったが、「潔白だとするものではない」と強調した。
司法妨害をめぐっては、コミー氏に捜査中止を求めた上で解任したことが発端となったが、そのほかにも、複数の情報当局幹部に捜査中止の圧力▽マラー特別検察官の解任画策▽証言を拒否した関係者を称賛▽捜査協力する関係者を脅迫するような発言、など多くの行為が指摘されている。
しかし、バー氏はそうした行為の評価については触れずに、「証拠不十分」として不問に付した。
バー氏は長官就任前からマラー氏の捜査批判をメディアで繰り返していた。昨年6月には、マラー氏がトランプ氏の司法妨害を捜査すること自体を批判する19ページの書簡を司法省に送り、「マラー氏の司法妨害の理論は致命的な間違い」と批判。コミー氏の解任も「大統領の権限内」とトランプ氏を擁護していた。
民主党のナドラー下院司法委員長は記者会見で「報告書を受け取って48時間も経たないうちに、バー氏は司法妨害の十分な証拠はないと認めた」と不満を表明した。コミー氏もツイッターで、天を見上げるような写真とともに「とても多くの疑問」と投稿した。
ブッシュ(子)政権で倫理問題を担当したミネソタ大のリチャード・ペインター教授は「ロシアの選挙介入では共謀罪を問えるレベルには至らなかったが、トランプタワーの面会などは両者の結託を示している。マラー氏が司法妨害について判断しなかったのは、下院司法委員会に調査と弾劾(だんがい)の検討を委ねたためで、トランプ氏が罪を犯した可能性は十分にある」と語る。
民主党にとっては、マラー氏の捜査報告書によって、トランプ氏を弾劾裁判に持ち込むという選択肢には慎重だったが、トランプ氏の疑惑がより深まり、攻撃材料が増えることを期待していただけに、失望感は隠せない。
民主党のペロシ下院議長とシューマー上院院内総務は共同声明で「バー司法長官の書簡は、答えが必要な多くの疑問を引き起こしている。議会は報告書の完全な公開を望む」と述べ、報告書の開示を要求した。
民主党は今後、過半数を握る下院で、バー氏やマラー氏の証人喚問を視野に、司法妨害がなかったとするバー氏の判断などを追及する。また、トランプ氏のほかの疑惑にも拡大して攻撃を強めていく方針だ。
ロシア、米の分断に「成功」
マラー氏はこれまでに、米大統領選に介入したとしてロシア軍情報当局者など計25人のロシア人を起訴した。だが、身柄を拘束された者はいない。
「その戦略的目的は、米国の政治システムに争いの種を植え付けること」
マラー氏は昨年2月、ソーシャルメディアを用いて組織的な情報工作を展開したとして、ロシアのプーチン大統領に近い実業家らを起訴した際の起訴状にそう記載した。ロシア側は、米国内に「政治的な緊張」を作り出すため、移民や人種問題、宗教など、社会の不和を生み出しやすいテーマを選び、フェイスブックやツイッターで偽の投稿を重ねたと認定されている。
ロシアは民主党のメールもハッキングし、大量のメールをネット上に暴露した。民主党の候補者指名争いを巡る不正を示唆する内容が含まれ、党内の内紛まで引き起こした。
こうした状況でも、トランプ氏は、むしろロシアを擁護。介入を否定するプーチン大統領を「信じる」とまで言い、捜査批判を繰り広げた。
メリーランド大学のサラ・オーツ教授は「ロシアにとって情報戦は戦争の一部だ。人々を引きつけ、けしかける能力に非常にたけている」と指摘。介入は「ロシアにとってたやすく、費用もかからない『賢い』戦術だった」と分析する。
オーツ教授はこうも語る。「トランプ氏が民主主義を分断させ、破壊すらすると確信したのが最大の原因だろう。トランプ氏が当選すれば、米国が弱くなるという計算。ロシアは『成功』を宣言できるだろう」