慶応大病院(東京都新宿区)で、他人から提供された精子を使う人工授精(AID)のドナー(提供者)が不足し、昨年の実施数が約1千件と前年の6割に大きく減った。海外で出自を知る権利が認められてきた状況をふまえ、2017年6月、ドナーの同意書の内容を変えた影響だ。同院は、ドナーの不安を減らすため、親子関係を明記した法律の整備が必要だと訴えている。
AIDは夫が無精子症などで妊娠に至らず、他の選択肢がない夫婦が対象。日本産科婦人科学会によると、全国の登録施設は12カ所(昨年7月現在)。16年はAIDが計3814件行われ、国内で最初に始めた同院が半数を占めた。
同院は提供を受ける夫婦や生まれた子どもにドナーの情報は非公表だが、17年6月、生まれた子が情報開示を求める訴えを起こし、裁判所から開示を命じられると公表の可能性がある旨を同意書に記した。また、日本はAIDで生まれた子の父親が、育てた男性かドナーのどちらなのか明確に決めた法律がなく、扶養義務などのトラブルが起こりうることを丁寧に説明した。
すると、17年11月以降、新たなドナーを確保できなくなり、昨年8月、提供を希望する夫婦の新規受け入れを中止した。実施数は16年の1952件から、17年は1634件、昨年は1001件と17年より約4割減った。
ドナー不足が報道された昨秋以降、数人からドナーの応募があり、治療中の夫婦への精子提供は続けられそうだが、新規の夫婦受け入れ再開のめどは立っていない。慶応大の田中守教授(産科)は「親子関係の法整備が進まなければ、将来、ドナーに法的なトラブルが起こりうるため、私たちからドナーになることを勧めにくい」と指摘し、法整備が必要だと訴える。
また提供精子をめぐる日産婦のルールは、精子を子宮に注入する人工授精しか想定していない。顕微鏡で見ながら精子を卵子に注入する「顕微授精」が認められれば、より高い成功率が期待できるため、「日産婦に相談したい」という。(福地慶太郎)