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「ひきこもり=困難な状況にあるまともな人」斎藤環さん

川崎市で児童らが殺傷された事件と、元農林水産事務次官によるとされる殺人事件――。「犯罪」をきっかけにいま、メディアで「ひきこもり」問題が取り上げられています。しかしこの状況、どこか既視感がないでしょうか。ひきこもり問題に長くかかわってきた精神科医の斎藤環(たまき)さんに、今回の現象をどう見ているのか、聞いてみました。


――ひきこもりに改めて注目が集まっています。気になるのは、それが犯罪と関連づけた形で語られている事実です。私は1995~2000年にひきこもり問題を取材しましたが、歴史が繰り返されているように見えます。いかがでしょうか。


「その通りです。ひきこもりという現象がお茶の間レベルにまで一気に知られるようになったのは今から20年近く前、2000年のことだと思います。あのときも、ひきこもりは犯罪と結びつけた形で語られました。新潟県柏崎市の少女監禁事件や西鉄バスジャック事件が起き、『犯人はひきこもり傾向のある人物だった』と報道されたのです。だから私には今回の一連の騒動は、強い既視感があります」


――初めてひきこもりについて関心をもったきっかけが犯罪報道だった、という人が少なくないということですね。斎藤さんはいま、ひきこもりを犯罪と結びつけて語ること自体の危うさについて各所で警鐘を鳴らしています。


「20年ほど前も私は、メディアに出て『ひきこもり当事者が犯罪に走る事例はまれだ』と火消しに努めました。ただ当時は、自分が診ている患者さんたちという、限られた範囲での傾向から『犯罪はまれだ』と言うしかありませんでした」


「しかし、仮に今回の川崎市と元農水事務次官の事件の背景にひきこもりという要素があったとしても、20年間という長い空白を経ての2件です。ひきこもり当事者が犯罪を起こすことはまれだと、私たちは以前よりも根拠を持って語れるようになっています」


「犯罪という反社会的行動と、ひきこもりという非社会的行動とを安易に同一視してしまう誤りは、もう終わりにすべきです」


――私も取材で約90人のひきこもり当事者に会いましたが、家族以外の人に暴力をふるったケースには出会いませんでした。今回、児童ら20人が殺傷された川崎市の事件では、犯人に向けて「1人で死ねばいい」という言葉が語られ、それに対する批判も起きました。斎藤さんの周囲では、どんな反応が出ていますか。


「ひきこもりの当事者にも、その親たちにも、深刻な心理的ダメージが広がっています。ある当事者は『私は社会に要らない存在だから死んだほうがいい』と言いました。専門的な言葉で言えば、希死念慮がある状態です。今回の事件を機に、日本社会のあちこちに自殺の危機が大規模に広がっている可能性を考えるべきです」


「元次官が息子を殺害したとされる事件が起きたあとには、『私も親に殺されるかもしれない』とおびえる当事者の声も聞かれました。ひきこもりの当事者が自殺してしまう恐れだけでなく、親による子殺しや無理心中など、家族内での暴力が深刻化してしまうことも懸念される状況にあるのです。逮捕された父親に『よくやった』という称賛がネットの一部などで噴出したことも影響しているでしょう。暗澹(あんたん)たる気持ちにさせられています」


――犯人に向けて発信していると思われる「1人で死ねばいい」「よくやった」という言葉が、なぜ、直接には名指しされていないひきこもり当事者や家族を追い込んでしまうのでしょう。


「ひきこもり特有の、苦しみの構造が関係していると思います。ひきこもりの当事者は、いわば自分自身を社会から排除している人々なのです。自己否定的で、自身を『価値のない人間』と思い込んでいます。また、そばにいる家族も同じ価値観を共有している場合が少なくありません」


「一般に、人が自尊心を高める要素は『社会的地位』『人間関係』『業績』の三つでしょう。ひきこもりとは、これらのすべてから長期間、遠ざかっている状態なのです」


「こうした人たちが、迷惑をか…


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