大リーグ・マリナーズを3月に現役引退したイチローさん(45)=本名・鈴木一朗=の母校・愛工大名電(愛知)に、「イチロー」がもう一人いた。愛知県高野連審判委員長の鈴木市郎さん(71)だ。審判と現役のプレーヤーの二刀流で活躍中で、「イチローは引退したけど、体が動くまでは野球を続けたい」と話す。
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6月の早朝。愛知県長久手市の公園には、ジャージー姿の鈴木さんがいた。午前5時から4時間かけて走り、投げ込む。約20年欠かさず続ける朝の日課だ。
所属する古希野球(70歳以上)のチームは全国大会で優勝したこともあり、日々の練習に余念がない。ボールやバットを用意し、小学生らに指導することもある。
愛工大名電の前身、名古屋電工で野球部員だった。当時同級生からは「イチ」、後輩からは「イチローさん」と呼ばれていた。2年生から遊撃手としてベンチ入りしたが、甲子園の土を踏むことはなかった。
卒業後に入社した電電東海(現・NTT西日本)では、打者の手元で鋭く曲がるスライダーを武器に都市対抗野球に8回出場。27歳で一線から退き、2年間の会社員生活を続けた後、社会人野球で知り合った先輩から審判の誘いを受けた。
「高校野球でいろいろな人にお世話になった。恩返しをしてみるか」。軽い気持ちで引き受けたら、意外と性に合った。
審判は、プレーはしないが、マウンドに立つ投手と似ていると感じた。「自分の一つのミスが試合を左右する。投手をやってた時と緊張感は同じ」。週末と20日間の年休は高校野球と社会人野球の審判にあて、阪神甲子園球場や後楽園球場のグラウンドにも立った。
高校野球では、打者が打席に入った時は構えるまでに素振りをするための十分な間をとらせるよう心がけている。「選手たちにとって高校3年間の最後の夏は二度とない。1打席を最善の状態でプレーさせてやりたい」との思いがあるからだ。
審判歴約40年を重ねた昨春、愛知県高野連の審判委員長になった。審判講習会を通じて、審判に若い世代を増やすことにも力を入れる。今夏の第101回全国高校野球選手権愛知大会も審判として運営に携わる。15日にあった組み合わせ抽選会では、選手たちに「一生の思い出を、力をあわせて作っていきましょう」と呼びかけた。
イチローさんとの接点は、「鈴木一朗さん」だった高校生時代だ。母校で投球を見て、センスの良さを感じたことを覚えている。その後、オリックスで実績をあげ、世間から騒がれる存在になった同名の後輩に対して、「活躍してうれしかったけど、少し悔しかった。でも彼は野球の申し子だから仕方がない。レベルが違います」と謙虚だ。
だが、野球への情熱は負けない自信がある。鈴木さんは笑顔でこう言った。「たまに子どもたちに言うんです。アメリカの大リーグにスーパースターはいるけど、私は草野球のスーパースターだぞってね」(村上友里)