「コン、コン」。秩父の山並みを望むグラウンドに小さな球音が響く。正面で捕った選手たちは一塁と二塁ベースに置かれたネットに向かって送球した。
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ノックを打つのは小鹿野(埼玉県小鹿野町)マネジャーの垣堺(かきざかい)杏美(あみ)さん(2年)と加藤恵梨奈さん(1年)。2人ともソフトボールや野球の経験者だ。垣堺さんは昨冬、外部指導者で元早大野球部監督の石山建一さんから「打ってみない?」と声をかけられた。「マネジャーの仕事にやりがいを持ってもらう」(加藤周慈監督)狙いだった。
自信はなかったが、「何でもできるマネジャーはかっこいい」と思った。最初は空振りしたり、あちこちに球が散ったり。受ける選手からは「頑張って!」と声がかかった。
1人で練習し、石山さんにも基礎から教わった。約半年がたち、正確に打てるようになった。「すごくうれしいです」。親指の付け根は皮がめくれ、テーピングが巻かれていた。
やりがいは大きい。「裏方だけでなく、ノックを打てば、もっとお手伝いできる」と笑顔だ。自主練習や課題練習でも、選手に頼まれたら打つ。「選手がけがをしないのが一番。あとは全力で応援します」
加藤さんも、入部した今年4月から打ち始めた。野球のコーチをしている父親に自宅で教えてもらい、「前よりはましになったかな」。主将の松沢駿樹君(3年)は「自分たちでノックを打つと、その分、球が捕れない。ありがたいです」と感謝する。
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約90人が練習に励む上尾(上尾市)。山崎優那さん(3年)は「上尾でマネジャーがしたくて」。中学生の時、上尾の試合を見て、選手の迫力やベンチの雰囲気に魅せられた。
上尾は1学年に1人しかマネジャーを置かない。入部した時、一つ上の代にはいなかった。ドリンク作り、掃除、打率の計算、洗濯。夏の大会が終わるまでの約4カ月間、3年生の先輩からたたき込まれた。先輩の引退後は自分1人。冬場に炊いた米は6升。栄養士の資格を持つ保護者にレシピも聞いた。めんつゆと天かすのおにぎりが、みんなのお気に入りだ。
今年3月。部のお別れ会で卒業する先輩たちから「俺たちのマネジャーが山崎でよかった」と色紙をプレゼントされた。「胴上げまでしてもらって。うれしかったです」
恒例の四国遠征には「一緒に行くか」と高野和樹監督(52)に声をかけてもらった。マネジャーが同行するのは初めて。練習試合でベンチにも入った。監督の指示に反応する選手の声。ベンチの盛り上がり。全てに圧倒された。「もっと選手を尊敬するようになりました」。マネジャーを続けていてよかったと思えた。
埼玉大会で記録員はしない。「ベンチに入れる男子部員が増える」から。主将の武田廉君(3年)は「本気で勝たせたいという思いが伝わる」。一体になったチームが、成長を続ける。