6月初旬の練習試合。曇り空の下で開智未来(埼玉県加須市)の山口真季さん(3年)が、慣れ親しんだいつものマウンドに立った。
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少し緊張した表情だったが、磨き上げた直球で相手を内野ゴロや飛球に打ち取り、空振り三振も奪った。「ナイスピッチング!」。攻守交代では、仲間が背中をたたいた。
この日は、初めての背番号「1」。約2年2カ月、全てを捧げた高校野球の「引退試合」だった。
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かつて高校球児として甲子園の土を踏んだ父・大輔さん(47)と、幼い頃からキャッチボールで遊んだ。野球を始めたのは小5のとき。「小学校で終わり」と思っていたけれど、開智未来中1年で同じクラスになった男子から、野球部に誘われた。体験に行くと、「上下関係がなくて仲が良く、なじみやすかった」。部では「男子として扱ってくれた」が、エースナンバーはもらえなかった。
高校でどうするか。母の邦代さん(51)は「続けたほうがいい」。中学と違って硬式球を使うため、大輔さんは「危ない」と反対した。でも、仲間たちと野球を続ける覚悟を決めた熱意に、折れた。
不安がなかったわけじゃない。ダッシュやノックで男子部員についていけないこともあった。それでも、先輩や同期からの励ましのおかげで、やりきれた。
自分が変わるきっかけになった試合がある。1年生の夏だった。途中で頑張ることをやめてしまった。五回までに113球を投げて18失点。伊東悠太監督(32)は見抜いていた。「真季、もっとできるよ」。厳しい声が飛んできた。
「下手なのは当たり前。今できることをやらなかったら相手に失礼」。その日から、投球練習ではコントロールを意識するようになった。男子に球威では勝てない。だから、打たせて取る。「打球は、みんなが取ってくれる」
チームメートからの信頼も厚い。今年5月の練習試合では完投し、勝利に導いた。主将の山川結虎(ゆいと)君(3年)も「タフな選手。男子と同じ練習をこなす姿を見て頑張る部員もいる。影響力が大きい」と話す。
チームのエースに成長したが、「女子」は公式戦には出られない。どんなに実力があっても。「なぜ野球をやっているんだろう」と悩むこともあったが、支えたのも仲間だった。「努力は絶対に報われるから」。こんな言葉に奮い立ち、壁を何度も乗り越えてきた。
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「引退試合」は5―9で敗れたが、力は出し切れた。「このチームで野球ができて良かった」。達成感、さみしさ、悔しさ。様々な感情が混じり帽子で顔を覆うエースを、伊東監督は「ベストピッチ」とねぎらった。
埼玉大会では、開会式で選手を先導する「プラカーダー」やボールガールを務める予定だ。初戦に向けて、打撃投手としてもサポートする。
「できることをやりたい。一緒に、頑張りたい」