昨年8月5日、阪神甲子園球場。100回大会開幕を祝う満員の観客の視線の先に、広瀬毬子さん(18)がいた。埼玉県営大宮球場でユニホーム姿で白球を握る写真。記念イベントとして、全国の地方大会を九つのボールが巡った「100回つなぐ始球式リレー」の模様が大型ビジョンに映し出された。
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「女の子でも入れますか?」
中学3年生だった2015年7月、市浦和(さいたま市浦和区)の学校説明会で部を紹介する資料を配っていた野球部員に、試しに聞いてみた。
答えは「入れますよ」。小4から野球を続けていた広瀬さん。高校では女子野球かソフトボールをやろうかと思っていたが、高校野球への憧れはあった。「こういう選択肢もあるのかな」。練習の体験に行くと、当時の主将は「もし練習がきつかったら、言ってほしい」。最初から男子部員と同じ練習に参加できることがうれしかった。市浦和に進むことを決めた。
もちろん、不安はあった。続けられるのか、女子1人でなじめるのか。「鈴木先生も色々悩まれて受け入れて下さったんだろうと思い、感謝しています」
その鈴木諭監督(45)は「びっくりした」と振り返る。広瀬さんのことを、自身が市浦和(当時は浦和市立)の選手だったころの恩師、中村三四さんに相談した。すると、「野球をやりたいというのを断る理由があるのか」。
これからも、入部希望の女子生徒が続くかもしれない。広瀬さんを受け入れることを決めた。1950年の創部以来、選手としては初の女子部員が誕生した。
16年から、夏の埼玉大会で試合進行をサポートする「ボールボーイ」を女子が務められることになった。3年間、「ボールガール」としてグラウンドに入った広瀬さん。ネクストバッターズサークルに立った打者と目が合ったり、ボールガールの仕事をするとベンチが盛り上がったり。ベンチの雰囲気を感じられた。「一緒に戦えているな、という感じがしました」
ただ、高野連の規定で大会に出場できるのは「男子生徒」とされている。
「公式戦にはどう頑張っても出られない。野球のうまい、下手ではなく、チームにとってマイナスになってはいけない」と考えていた。とにかく一生懸命やることが、チームのプラスになる。自分の姿を見て、みんなも「よし、頑張ろう」と思ってくれたらいい。
昨夏の南埼玉大会で引退した後、日々のことをつづる「野球ノート」には、鈴木監督からこんなメッセージが寄せられた。「野球部に入ったからといって、男になる必要はなかった。その存在をマイナスにすることなく過ごしてくれたことがとても良かったと思う」
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現在、市浦和には女子選手が2人いる。投手の佐藤百華さん(2年)と、捕手の鈴木夏緒(なお)さん(同)。2人とも、広瀬さんの姿を見て市浦和野球部を選んだ。
「男子と比べると球速が遅いので、球種を考えながら投げています」と佐藤さん。鈴木さんは「力の差もあるし、技術の面で悔しい思いもするけど、みんなに引っ張ってもらえる」。
道を切り開き、新しい歴史を作った広瀬さん。「野球のうまい人が試合に出ることだけが貢献じゃない。プレー以外の面でみんなに刺激を与えられるように意識してくれたら」。今、頑張る2人の後輩に、エールを送った。(高絢実)