牛丼チェーン大手3社で最後まで並盛り200円台の価格を守ってきたゼンショーホールディングスの「すき家」が2日、値上げを決めた。米国産牛肉など原材料価格の上昇にも我慢を続けてきたが、深夜営業再開への執念が背中を押した。従業員を確保し過重労働問題を払拭するための「原資」というわけだ。客離れのリスクを背負いながら賭けに出る。
ゼンショーは2日、すき家の牛丼商品49種類を15日から42~62円値上げすると発表した。現在291円の並盛りは350円になる。吉野家ホールディングス、松屋フーズはともに380円(松屋は主に関東地方の価格)。大手3社の価格が全て300円台になるのは2009年11月以来だ。
「うちが慌てる必要はない。しばらくじっとしているよ」。昨年12月に吉野家が並盛りを80円高い380円にすると発表したとき、ゼンショー首脳はこうつぶやいた。
すき家は昨年8月、並盛りを21円高い291円に値上げした。商品内容は見直さず価格だけを上げたところ、大手3社の中で唯一の200円台だったにもかかわらず客足が目に見えて鈍った。再値上げには慎重にならざるを得なかった。
やはり単純な値上げだった吉野家も、2月の既存店の来店客数は前年同月比18.1%も落ち込んでいる。単価アップでは補いきれず、売上高は3.1%減少した。
牛丼に使うショートプレートと呼ぶ米国産バラ肉の国内取引価格は現在1キロ800円台と1年前より2~3割高い。一般に原材料費など原価は牛丼価格の3~4割とみられ、それが膨らむほど収益は圧迫される。売上高に占める原価の割合(連結ベース、牛丼店以外も含む)は3社の中でゼンショーが最も高い。
さらにゼンショーには深夜営業休止という足かせがある。3月末時点で3割強にあたる616店が深夜営業を再開できすにいる。15年3月期の連結営業利益は前の期を7割近く下回ったもようだ。再開すれば人件費はかさむが、それ以上の売り上げを期待でき採算改善を見込める。
再開には人手確保が不可欠だ。そのため、ゼンショーは3月、正社員の月2千円のベースアップ実施やパート・アルバイトの時給引き上げなど待遇改善策を相次いで決めた。2日に記者会見したすき家の運営会社、すき家本部の興津龍太郎社長は「値上げの一部は従業員の待遇改善に利用させてもらう」と説明した。
かつてはワンオペ(深夜時間帯の1人勤務体制)に代表される手法で人件費などを極力抑えて値下げ原資を確保し、安さをテコに売り上げを伸ばす戦略をとってきた。だが昨春に過重労働問題が表面化し、深夜営業の休止に至った。
春は学生などのアルバイトを最も確保しやすい時期。機を逃さず人手を確保できるかどうか。それが深夜営業再開を早め、「正常化」を果たすためのカギになる。
問題はどう値上げするかだった。単純な値上げはもうできない。ひねり出したのが牛肉とタマネギといった具材の増量だ。並盛りで20%増やし、値ごろ感を損なわないようにして客をつなぎ留めようという思惑だ。
「新商品は必ず消費者に受け入れてもらえる」と興津社長は強気だ。だが昨年7月の値上げ後も既存店売上高を維持している松屋でさえ、客数では前年割れが続く。松屋は牛丼以外の高単価の定食メニューの新商品を打ち出して客数の減少を抑え、何とか売り上げを維持しているのが実情だ。
値上げが手軽な食事として牛丼を楽しんできた消費者の負担になるのは間違いない。ゼンショーの決断が吉と出るか、予断を許さない。(小沼義和)