明治初期ごろの古民家を改修した高齢者向けの診療所が富山県砺波市に開所した。神棚やいろりがあり、昔ながらの生活感が残る。運営する医療法人「ナラティブホーム」代表の医師、佐藤伸彦さん(57)は「年齢を重ねた人たちが相談しやすい場にし、人生の最終章をよりよく過ごせるよう支えたい」と話している。
引き戸を開けて土間に上がると、太い梁(はり)がのぞき、いろり鍋がぶら下がる。訪れた高齢女性が「懐かしい」と見回し、患者同士の話も弾んでいた。
佐藤さんの診察は、誕生日や家族のことなど話を聞くことから始まる。その人の人生を「物語」として知ることで、信頼関係が強まるからだ。異色の空間が初めて訪れる患者との会話の潤滑油になるという。
コンピューター断層撮影装置(CT)やエックス線などの設備はない。「最新医療が高齢者を必ずしも幸せにするとは限らない。患者の声をよく聴いて日常を豊かにする手助けをし、緊急性があれば総合病院と連携する」と説明する。
自身は父を小学生のときに亡くし、母の願いに応えるように医師になったが、母も間もなく脳出血で他界した。「人生の幕の引き方」を考えるうち高齢者医療の道に。総合病院などで勤務した後、より患者と近い関係で治療に当たりたいと、2010年に独立した。
当初は24時間対応が求められる在宅支援診療所を1人で回し、ほとんど寝る間もなかったという。周囲からは「できるわけない」とも言われたが、「やりたい」という気持ちだけが支えだった。
共感が広まったことで人員も増え、市内で数カ所の診療所を運営する態勢を整えた。賃貸住宅1階に医師や介護士が常駐して住民を訪問する施設を設けたほか、各病院、施設が別々に管理したカルテを統合、治療に生かせるシステムも作った。
古民家の診療所は現在、週2回昼間しか開いていないが、今後は夜も開放し、近所の人が集まってお互いに体調などを話し合える場にしたいという。佐藤さんは「高齢者が抱える不安を和らげて、安心して地域で生きていけるようになればいい」と話している。〔共同〕