準決勝で上川大樹(左)に敗れた原沢久喜=竹花徹朗撮影
終了間際に放った大内刈りが空を切る。準決勝の上川戦。原沢は有効打を撃てぬまま、0―3の旗判定に屈した。汗だくの顔をぬぐい、軽く天を仰いだ。
柔道五輪代表に原沢を初選出 全日本選手権は王子谷V
全日本2連覇とリオ五輪がかかっていた。いつも通り泰然自若に振る舞っているように見えたが、初戦から動きは硬かった。全試合で技のポイントを奪って勝った4週間前の全日本選抜体重別選手権とは明らかに違う原沢がそこにいた。
敗戦の後、まじまじと気づかされたことがある。
「緊張感はなかった。でも、体が動かない。自分の柔道が出来ない。プレッシャーというのは、そういうものなんだなと思った」
ちょうど3年前の2013年。日大3年の20歳は初出場の全日本で準優勝し、リオ五輪の代表レースの末席に加わった。無名の若者が重圧の苦しみを初めて知ったのはその後だ。