ハンガリーの歴史と最近の出来事
野党の反対を押し切って新たな憲法を作る。チェック機関である憲法裁判所の権限を弱める。その一方で、メディア規制を強化する――。ハンガリーで権力の一元化が進んでいる。2010年、中道右派「フィデス・ハンガリー市民連盟」が総選挙で、憲法改正に必要な「3分の2」の議席を獲得したことに端を発する。選挙での大勝は、政権に万能の力をもたらすものなのか。現地を訪ねた。
連載:ポピュリズムの欧州「オルバン編」
■新たな憲法、個人より共同体
ハンガリーの首都、ブダペスト。中央を流れるドナウの河畔にあって、ひときわ威光を放っているのが、築110年を超える国会議事堂だ。ここに、厳重に保管されているものがある。「聖なる王冠」。王国時代からの権力の象徴だ。
2012年に施行された新憲法の前文にあたる「民族の信条」には、この王冠が登場する。「我々は……民族の統合を体現している聖なる王冠に敬意を払う」
オルバン・ビクトル党首率いるフィデスは10年、当時与党だった社会党への不信票を一挙にとりこみ、386議席のうち263議席を獲得、政権を奪還した。これを「投票所革命」と位置づけ、矢継ぎ早に憲法の部分改正を10回以上繰り返し、並行してまったく新しい憲法を制定した。
新たに憲法に盛り込まれた規定からは、個人の権利より民族や共同体を重くみる思想が浮かび上がる。
▼個人の自由は、他者との共同においてのみ、展開することができると信ずる
▼我々の共生の最も重要な枠組みが家族及び民族
▼何人も……その能力及び可能性に応じた労働の遂行により、共同体の成長に貢献する義務を負う
狙いは何か。第1次オルバン政権(98~02年)で報道官を務めた、週刊誌編集長のボロカイ・ガーボルさん(54)は言う。「経済危機が深刻化する中で、働いて国家に尽くすよう国民の価値観を変えようとした」。世界金融危機の波をもろに受け、社会党政権末期の09年、失業率は約11%に達した。
一方、憲法学者のマイティーニ・バラージュさん(41)は「民族主義的な主張は、政権が権力を強めるための一つの手段」とみる。「そればかりか、民族や共同体を強調することで、敵/味方という分断を社会に持ち込んだ。難民排斥の動きはその一例だ」
昨年夏、難民の入国を阻むため、オルバン政権が国境にフェンスを次々と作ったことは記憶に新しい。欧州連合(EU)諸国との協力を拒み、強権的な政治姿勢を象徴する出来事だった。