2014年の世界選手権男子団体で優勝し、日本代表の選手たちに胴上げされる井上康生監督=ロシア・チェリャビンスク
ふるさとは、雨がしとしと降っていた。6月13日午前。宮崎県日南市にある井上家の墓前に花を手向け、目をつぶると、一つの言葉が脳裏に浮かび上がった。
リオオリンピック2016
フロントランナー
初心。
17年前に51歳で急逝した母かず子さんが、大学3年生だった三男の康生に宛てた最後の手紙がある。悲しみに暮れる息子の心に刻まれたのは文末の一節だった。
「すべて初心に返って頑張ってください」
自分にとっての初心とは何か。柔道が楽しくて仕方なかった少年時代。「強くならなきゃ」でなく、「強くなりたい」の思いしかなかったではないか。この言葉を胸に、甘えや迷いを捨て去って世界の頂点へ駆け上がった当時の記憶がよみがえる。
「墓参りに行けば、母が教えてくれた『初心』を思い出す。監督になってなおさら、その言葉の重みが分かってきた」
柔道界の王道を歩む。小中高大全てで日本一の座を勝ち取った。オール一本勝ちで柔道の美しさを示した2000年シドニー五輪。決勝で決めたほれぼれするような内股は、今の代表選手たちの多くが抱く五輪の原風景である。
コーチを務めたロンドン五輪は…