涼呼ぶ怪談の世界
ヒタリ、ヒタリ。背後に迫る不気味な気配。暗やみに、もののけがうごめく。盛夏に涼を呼ぶ怪談。だがこの世のものとは思えない話に、人間の真実が見えてくることがある。さあ、あなたもあやかしの世界へようこそ。
怪奇と幻想をテーマにした話は平安時代の『日本霊異記』や『今昔物語集』にも記述がある。だが広く庶民の間で親しまれるようになったのは、江戸文化が爛熟(らんじゅく)した文化文政期(1804~30年)といわれる。滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』や鶴屋南北の『東海道四谷怪談』などが人気を呼び、歌舞伎や落語でも怪談が上演された。幕藩体制の矛盾が露呈した時代。「世情の不安が高まる中、闇の文化への関心も広がったのではないか」。怪談専門誌『幽』編集長の東雅夫さん(58)は言う。
怪談で寒さを感じるのは交感神経が刺激され、血管が収縮するためだという。とはいえ、恐怖心をあおるだけのものではない。怪異文学に詳しい池田雅之・早大教授(比較文学)は「人間存在の根源にある悲しみや畏怖(いふ)心、いとおしさに訴えかけるものだ」と語る。