9人が亡くなったグループホーム「楽ん楽ん」をあとにする施設職員ら。建屋には大量の流木が押し寄せ、壁には濁流の跡がくっきりと残っていた=31日午後4時31分、岩手県岩泉町、福留庸友撮影
台風10号による大雨は死者11人を出す惨事となった。岩手県では濁流と流木がグループホームを襲い、静かに暮らしていた高齢者9人の命を奪った。北海道では橋の崩落が相次ぎ、人々は乗用車の上で震えながら救助を待った。
「街が湖のよう」 台風で冠水、住民は車の上に避難
高齢者施設に9人の遺体、大雨で土砂流入 岩手・岩泉
朝から降り続いていた雨が、強風を伴って猛烈な勢いになった。
30日午後6時すぎ、岩手県岩泉町乙茂のグループホーム「楽(ら)ん楽(ら)ん」。ホームから約5キロ下流の赤鹿観測所では、普段の小本川の水位は1メートルほどだが、この日は午後6時からの1時間で2メートル近く増して5・1メートルとなり、堤防の高さ(4・87メートル)を超えた。午後8時には6・61メートルに達し、31日午前0時40分ごろまで堤防を越える水位が続いた。
「楽ん楽ん」と同じ敷地内にある3階建ての介護老人保健施設「ふれんどりー岩泉」の従業員女性によると、施設では雨が激しくなり始めてから10~15分もしないうちに腰の高さまで水かさが増した。「ドーン、ドーン」という地響きが聞こえた。「ふれんどりー」の入所者らは2階以上に避難し、無事だった。女性は「もうちょっと上がってきたらダメかなと思った」。壁には、高さ2メートルほどまで水位が上がったとみられる泥の跡がくっきりと残されていた。
一方、高齢の入所者9人と女性職員1人がいた平屋建ての「楽ん楽ん」では、入所者9人全員が死亡した。それぞれ居室やキッチンなどで遺体で見つかった。関係者によると、職員は入所者の1人を抱きかかえながら助けを待ったが、水位が下がる前に入所者は亡くなったという。
「楽ん楽ん」の佐藤弘明事務局長は「申し訳なく思っている。認識が甘かったかもしれない。2011年の秋に周辺が少し浸水したことがあったが、施設は無事で、今回もそれぐらいだと思っていた」と話した。
「40年以上暮らしていてこれほど水が上がったのは初めて」。近くに住む雑貨店経営、藤田純子さん(67)は振り返る。30日午後6時半ごろ、気づくと道路が冠水。そのままだんだん水が増え、31日午前2時ごろには床上1・5メートルほど浸水した。停電でテレビがつかず、携帯電話もつながらない。川がごうごうと流れる音が響き、店が心配で一睡もできなかった。「商品が全て水につかった」と話した。
近くの男性(38)は、トタンやごみが流れてぶつかる「バリバリ」という音を聞きながら、家の窓から外を見たり、1階で床上浸水が進む状況を確認したりして夜を過ごした。「ほかの家より1メートルほど高い土地に家を造っているが、今までここに住んでいて床上まで水が上がることはなかった」と驚いていた。
岩泉町が30日午後2時に避難勧告を出した安家地区。一人で住む女性(81)は「数年前の台風でも被害はなかった。今回も大したことはない」と自宅にとどまったが、雨脚が強くなると1時間もせずに1階が浸水。午後7時ごろに2階に避難したが、水が階段の残り2段まで迫り、「この家も水にのみ込まれるかもしれない」と覚悟したという。「みるみるうちに水位が上がり、道路が冠水して逃げられなかった。生きた心地がしなかった」(金本有加、船崎桜、志村英司)