「クイズダービー」のセットを再現したコーナーもつくられた=5日午後、東京都港区、諫山卓弥撮影
5日に東京都内のホテルで開かれた大橋巨泉さんの「お別れの会」には、親交があった多くの関係者が参列し、記者団の取材に応じた。
大橋巨泉さん「お別れの会」 王さん弔辞、600人参列
■関口宏さん「あれだけしたいことが出来て、うらやましい」
我々の大先輩。あれだけしたいことが出来て、うらやましい。仕事に関しては幸せだったと思う。
永(六輔)さんと、こんなに近くに一緒に逝かれるというのは、何か運命的なものを感じちゃう。私も、いずれ向こうで会うんですから、そのときにたっぷり話します。
巨泉さんと僕ではやり方が違っていたからね、強引に押し通す方法を教えてもらえたら(笑)。奥様はご立派でしたね、あっぱれだ。
■ビートたけしさん「こんなに明るいしのぶ会」
悲しいというより、寂しくなるなあ。巨泉さん自身(の人生)を考えると、幸せだったと思う。
巨泉さんや(立川)談志さんが「たけしがいい」と才能を認めてくれたことが、テレビに出て行く助けになった。ニュージーランドやカナダ、だいたいのところに連れて行ってくれた。謹慎や交通事故の時は居候させてくれて、「いい休みだと思え」と気にかけてくれた。
こんなに明るいしのぶ会をやらせたのは、巨泉さんの力だと思う。他だったらわざとらしく泣いたりなんかしなきゃいけないんだけど、今日は笑いながら(涙を)こらえたってのはありがたいですよね。それだけ偉大な人だったですね。
■竹下景子さん「番組を作る天才でした」
番組で本当に楽しくご一緒させていただいたが、巨泉さんは番組を作る天才でした。30分の番組を生放送のように数分違わずやっていて。
最初は私も女子大生でしたが、そのうち番組に宮崎美子ちゃんや、かわいい人たちが来るようになったら、とたんに冷たくなりました(笑)。
巨泉さんは見事に番組での役割というのを、設計図をつくって進行していたんだと今になって分かりました。巨泉さんにとって番組が子どものようなもので、すごく大事にされていたんだと思います。
■うつみ宮土理さん「テレビの世界、心もとなく」
巨泉さんとキンキン(愛川欽也)で「11PM」をやっていて、同じ昭和9年生まれで、男の友情みたいなものがあった。戦争体験者という共通点もあり、戦争反対、平和が一番という、自分の生きるポリシーが同じだったので。
テレビの世界も、大人の意見を言える人やリードしてくれる人がいなくなって、少し心もとない。本当にあったかい人たちが逝ってしまった。
■太田光さん「おやじと出来なかったことをやれた」
巨泉さんとは、おやじの同世代として、戦争のことや政治のこと、ぶつけたい疑問を全部ぶつけて大げんかして、それでも答えてくれた貴重な存在でしたね。おやじと出来なかったことを、巨泉さんとやれた。
ありがたかったですね。だからさみしいです。
やっぱり絶対平和主義っていうのは、巨泉さんがずっと貫いてきたこと。二度とこの国は戦争しちゃいけないんだって。
「いま当たり前だと思っていることが180度ひっくり返ることがあるんだから、お前は絶対それを信じるな。いまの価値観を常に疑ってかかれ」。巨泉さんも愛川(欽也)さんも、僕に「最後にそれだけは言っとくよ」と。肝に銘じます。
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