ラッパーのダースレイダーさん。恩師には「自分で考えろ」という精神を教わったという=瀬戸口翼撮影
東京大学中退という異色の経歴を持つラッパー、ダースレイダーさん(39)。恩師との出会いや、受験勉強のテクニック、「高学歴ラッパー多い説」の真相について聞きました。
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【特集】受験する君へ
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親の仕事の都合で4歳までフランス、6~10歳をロンドンで過ごしました。小4の夏休みに日本に戻って小中高一貫の明星学園に転入し、生涯唯一の恩師と言える先生に出会いました。
ランニングシャツに草履、サングラスかけてチョビひげっていう、バカボンのパパみたいな格好。文部省の教科書を使わず、芥川龍之介の『河童』という小説を教材に使うので、「ガッパ」ってあだ名で呼ばれていました。ガッパは子どもに問題をつくらせて、その問題を使って授業をするんです。
問題をつくるためには、人に説明できるだけの理解を身につけなきゃいけない。答えがわかっているところから問題をつくるには、問題を解くのとは別のスキルが必要になります。僕はその授業が好きで、バンバン問題をつくってたんですよ。
漢字の書き取りとかドリルとかを一切やらないから、教育ママたちからはクレームもあったみたいです。でもガッパは「漢字は自分で本を読んで身につけろ。そのために色んな本を紹介するから」と主張していました。ガッパに教わったのは、「自分で考えろ」「自分が必要なものは、自分で学べ」ってことですね。
■小5で東大受験を決意
東大を目標にしたのは小5の時。東大を受けるなら合格率の高いところにと考えて、中学受験で中高一貫の武蔵に進学しました。明星は居心地が良かったし、そのまま高校までい続けることもできたけど、チャレンジしてみたくなったんです。
「東大を受ける」って宣言したら、母親は「自分で言ったからにはやりなさい。その代わり全力で応援するから」ってよく勉強を見てくれましたね。その母も、中3の時に病気で亡くなってしまいました。
武蔵では高3の夏までサッカー部にいました。授業をサボったりもしましたが、母との約束だった東大に受からないと、という思いは持ち続けていました。とはいえ、残り時間を考えると現役合格はムリなので、2年計画で頑張ろうと。
1年目はセンター試験で足切りされずに、とにかく東大の試験を1度経験することを目指しました。だから、ほかの大学は受けていません。浪人した2年目は、東大の文科2類、早稲田・慶応の法学部などを受けて合格しました。
■世界史はヨコ軸作戦
受験を攻略するうえで大事なのは傾向と対策。なのに、出題可能性の濃淡を考えないまま、全部を網羅しようとしてパンクしちゃう人があまりに多い。全部やろうとしちゃダメ。欲張らず、できるところを確実にとりにいく。100点を取る必要はないんです。1点でも合格ラインを上回ればいいわけですから。
過去問を載せた赤本のバックナンバーを解いていくと、出題者の好むテーマがわかってきます。数学はこの定理は毎回聞かれるぞとか、国語なら前年出題された文章は出ないだろうとか、ヤマ張りをするんです。
世界史はヨーロッパ史・中東史・日本史って各地域の歴史をタテ軸で別々に勉強している人が多いと思うんですけど、僕の場合はヨコ軸作戦。15世紀にヨーロッパはこうだった、イスラム圏はこう、中国はこうって全部並べて対照表にまとめて、その時代丸ごとの世界像をつかむようにしていました。
教科書をしらみつぶしにタテでやってくよりその方が楽しいし、各地の文化の成熟度の違いも頭に入ってきます。論文調の問題が出てきた時、仮にそのテーマについて詳しく語れなくても、「同じ頃ヨーロッパでは…」と書けば字数が稼げる。俯瞰(ふかん)的な見方ができる、というプレゼンにもなります。深みを出せない時は、ヨコに行くんです。
あと、現代史は割としっかりやっていましたね。いま目の前のことがなぜ起こったのか、逆方向にたどっていく。現代史はあまり出ないし、そこまでカバーできない人も多いでしょ。でも、論文で現代史に触れて「これが後の何々につながっていく」と一言入れるだけで含蓄がある風に見えるし、字数も埋められる(笑)。
よく寝るのも大事です。睡眠時間を削り、頭が働かない状態で勉強して、どこまで身につくのか。もし「1日14時間勉強したら合格します」というレースだったら、そうすればいい。でも、そこは問われていなくて、勉強時間0秒でもテストができればいいわけです。
■出題者を出し抜け
受験って戦略性だと思う。出題者とのゲームのなかで、ゲームマスターである出題者をいかに出し抜くか。小学校の時に受けた問題をつくるトレーニングが、問題を出す人が何をどう聞きたいのかっていうプロセスを考えるうえで、とても役立ちましたね。
ゲームなんていうと「遊びじゃないんだぞ」と言う人もいるかもしれないけど、あまり重く受け止め過ぎずに、あらゆることにエンターテインメント性をもって臨むのもいい。そういうとらえ方でいたから、ストレスを感じずに受験生活を送れた気がします。
大学側だって、一人ひとりの生徒の能力を本気でテストするつもりだったら、こんなシステムをとってないですよ。本来なら面接した方がいいんだけど、物理的にできないから全員を同じ箱に入れて、同じ試験を受けさせる。大人数を相手にしなきゃいけないから、最大公約数として、ある程度仕方なくやっているわけで。
向こうがそういう手で来る以上、こちらもそれさえクリアすればいい。「本当の自分」なんて問われないし、大学側だって問う気はありません。受験で悩んで心身の健康を害してしまう人もいると聞きますが、そこまでのことではないんです。
■合格発表日に初ライブ
東大の合格発表日の夜が、ラッパーとしての初ライブでした。イベントをやっている先輩に「受かったんなら1曲歌えよ」って誘われて。東大に受かるっていうのは小学生の頃からの目標で、母親との約束でもあった。頑張った末のゴールだったわけですけど、ビックリすることに人前でラップした時の方が断然、興奮度が高かったんですね。
で、僕は入学式前の春休みに山中湖であった新入生の合宿を、全部サボっちゃった。クラブで遊んでそのまま寝ないで入学式に行ったら、クラスメートは僕以外みんな友達。何なら付き合っているヤツもいたりして(笑)。そこでいきなりドロップアウトです。
それでも、最初の2年間は基礎的な内容だったので、単位もどうにか取れてました。ところが、3年目のゼミ選択で超マニアックで専門的なところを選んじゃって、いよいよムリだぞと。ラッパーの仕事が忙しくなってきたこともあって、大学4年でフェイドアウトしました。
■高学歴ラッパーは多いのか
よく高学歴ラッパーが多いって言われますけど、どうかなあ。確かに東大や早稲田、慶応のラッパーもいますけど、総数は限られているし、ジャズとかロックのミュージシャンに比べれば圧倒的に少ないでしょう。ラッパーはソロで活動している人が多いから、目立つのかもしれません。ロジックや頭の回転の速さが基礎能力として必要とされるジャンルなので、学歴は別にして頭のイイ人は多いと思いますけどね。
ラップって小学校の教育にも向いている。リズム感やボキャブラリーを養えますし。教科書とにらめっこして単語の書き取りをするよりも、ラップで使える言葉を増やすっていう発想の方が身につくんじゃないかな。
日本は自己主張ができなくて、ディベートもヘタな人が多い。自分の言葉でしゃべるのが苦手なんでしょうね。政治家のスピーチや企業のプレゼンを見ていてもそう思います。なので低学年のうちから、ラップを通じて言葉の使い方やアクセントの強弱、論理的な思考を鍛えておくんです。そんな「ラップ教育」を浸透させていけたらいいですね。
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ダースレイダー 1977年、パリ生まれ。東京大学文学部中退。在学中の98年からラッパーとして活動し、2001年メジャーデビュー。10年に脳梗塞(こうそく)で倒れ、後遺症で左目を失明。以来、眼帯がトレードマークに。ラッパーやDJらでつくる「クラブとクラブカルチャーを守る会」の一員として、ダンスクラブを規制する風俗営業法の改正運動にも深くかかわった。11月に刊行された『ディスク・コレクション ヒップホップ 2001―2010』(シンコーミュージック)を監修。来年1月8日に東京のディファ有明で開かれるMCバトルの大会「キング・オブ・キングス」のプロデュースを務める。(聞き手・神庭亮介)