井伏鱒二(1898~1993)=66年10月、東京・杉並の自宅
■文豪の朗読
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《井伏鱒二が読む「屋根の上のサワン」 堀江敏幸が聴く》
沼地の近くを散歩していた語り手の「私」は、傷ついた雁(がん)を見つけて家に連れ帰り、手当をしてやる。苦労の甲斐(かい)あって元気になると、今度は逃げないように両方の翼の風切羽根を切り、サワンという名をつけて庭で放し飼いにすることにした。
かつて「屋根の上のサワン」という表題を目にしたとき、これは醜いアヒルの子のもじりで、主人公はスワンになりそこねたかわいそうな鳥なのかなと思ったのだが、サワンとはインドの「月」を意味する言葉で、明るい感じだから雁の名にもらったのだと作者自身が明かしていることを、後に知らされた。明るいサワンと、屈託している語り手の対比。彼が何にくじけているのかは説明されない。サワンとの出会いと別れによって、心の染みが描き出されるだけだ。
回復して屋根に飛び乗り、夜空…