小倉の屋台の味を再現しようとおでんの「はるみ屋」を開く野瀬瑠美さん=13日、福岡県福津市津屋崎、金子淳撮影
惜しまれつつ昨年、閉店した北九州・小倉のおでん屋台「はる屋」の味を継ごうと、アルバイトをしていた学生が福岡県福津市で週に1度、店を開いている。屋台の常連だった客が出向いたり、地元の住民がのぞいたり。老舗の屋台がそうだったように、店や店主の雰囲気にひかれ、客が集っている。
白壁の商家や町屋が並び、「津屋崎千軒」と呼ばれる海辺の静かな集落。その一角にある築100年の家屋を改装した「カフェアンドギャラリー古小路(こしょうじ)」は、曜日替わりで喫茶店などが営業する。月曜日になると、北九州市出身の野瀬瑠美さん(22)が昨年8月に始めた「小倉おでん はるみ屋」が開く。
「相席でもよろしいですか」。野瀬さんは笑顔でお客に声をかけ、なるべく6人がけのテーブル席に案内する。「屋台では色々な人が出会って話し出す。そんな雰囲気を楽しんでもらえたらうれしい」
古民家のぬくもりゆえか、多くの具材を鍋に入れるおでんという食べ物がそうさせるのか。実際に、初めて顔を合わせた客たちがおでんをほおばりながら話し出す光景がよく見られる。食後のコーヒーを共にして、1時間以上おしゃべりしていた人たちもいた。
野瀬さんは北九州市立大地域創生学群の4年生で、今年度は休学中。津屋崎を拠点にしたNPOで「対話を通した町づくり」に取り組む山口覚さん(48)に昨年6月から付いて、集会の準備をしたり、住民にインタビューしたりして学んでいる。
おでん屋は、山口さんに「古小路の月曜が空いているけど」と水を向けられたのがきっかけ。アルバイトして3年目になるはる屋がちょうど閉店することになり、「後を継ぐことができないか」と思い立った。
はる屋は、北九州市小倉北区の旦過(たんが)市場近くにあった老舗の屋台。野瀬さんにとって家や学校のような場所だった。「おいちゃん」と呼ばれた谷川義司さんは「目配り、気配り、心配り」をいつも心がけ、明るい接客で人を呼んだ。
一昨年3月に谷川さんが62歳で亡くなった後も、仕込みを担当した「おばちゃん」の酒井香代子さん(78)は屋台を続けた。54種類もの具やそのうまみが溶け出しただし汁は、おばちゃんが毎日、自宅の仕込み場で8時間かけてつくっていた。
2人はさほど口もきかなかったが、名物の屋台はそれぞれのプロ意識で成り立っていた。「おいちゃん流の接客とおばちゃんの守った味。両方を屋台の文化として継いでいきたい」と野瀬さんは言う。
おでん屋をしたい、と野瀬さんが伝えると、おばちゃんは喜んだ。製法はそれまで決して明かさなかったが、野瀬さんはおばちゃん宅に通って少しずつ聞き出した。大根は下ゆでからだし汁を使うなど、思った以上のこだわりがあった。
老舗の味にはなかなか近づけず、試行錯誤が続く。だが「再開」を喜ぶ客は多い。今月13日、福岡市から訪れた堀江嘉則さん(82)は約50年前に北九州市にいた頃から屋台に通い続けた古い常連だ。「若い人が継ごうというその志がうれしい。おでんもおいしかった」と目を細めた。
野瀬さんは4月から復学する。津屋崎でのおでん屋は3月いっぱいのつもりだったが、「やめないで」という客の声も出始めた。学業のかたわら、店を続けることを考えている。はるみ屋(福津市津屋崎4の34の1)の営業は毎週月曜午前11時半~午後4時。(奥村智司)