試合を見つめる帝京五の小林昭則監督=23日、阪神甲子園球場、細川卓撮影
23日の第3試合で作新学院(栃木)に1―9で敗れた帝京五(愛媛)。チームを率いた小林昭則監督(49)の野球人生は、選抜準優勝投手、1勝もあげられずに引退したプロ野球選手、と起伏に富む。その原点は甲子園。「人生を変えてくれた場所」の魅力をこれからも選手に伝え続けていく。
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帝京(東京)のエースとして出場した1985年の選抜大会。決勝まで進み、注目される中でハイレベルな世界を経験できたことは自信になった。しかし大会には、PL学園(大阪)の桑田真澄さん(元巨人)ら、あふれんばかりの才能を持つ同世代の選手がずらりといた。
指導者を目指し進学した筑波大で87年、国立大として初の明治神宮大会制覇を成し遂げる。「上でできるんじゃないか」。その夢は抑えられずプロを目指し、89年秋のドラフト会議でロッテから2位指名を受けた。
だが、1軍成績は7シーズンで0勝2敗。96年に引退した。ロッテのスコアラー兼打撃投手を経て、また大学に通い教員免許をとった。2002年に帝京のコーチに就き、昨年4月から帝京五の監督に就任した。
選手たちにプロ野球時代の経験を話すことはほとんどない。「野球界の最高峰を経験できたことは良かったが、成績を残してはじめてプロ選手だったと言える」からだ。試合でも練習でも目の前の課題をこなすだけにとどまっていたのかもしれない自分の甘さに対する後悔でもある。
一方で、「甲子園のすばらしさを生徒に味わわせてあげたい。出場して負けた悔しさは次につながる」という思いに揺らぎはない。折に触れて選手に伝えていることは「甲子園は目指すだけで間違いなく人生を変えてくれるところだ」。
この日、帝京五は序盤から作新学院に試合の主導権を握られた。それでも、選手たちは九回裏に1点を返す意地を見せた。宮下勝利主将は「持ち味の小技をいかせなかった。監督からは日頃の生活態度がプレーに生きてくる、といわれている。夏に帰って来られるよう、基本的なことから磨いていきたい」と話した。(大川洋輔)