ＪＲ浜松駅から北北東へ約５０キロ。国道１５２号を天竜川に沿って車で上がっていくと、旧静岡県佐久間町（現浜松市天竜区）に入る。

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「怪物」と呼ばれた江川卓さん（６２）が、小中学時代を過ごした場所だ。

「当時はこのあたりに１８０世帯ほどが住んでいてね。江川君もよく買い物に来たよ」。遠鉄バス「大輪」の停留所のすぐ横、渡辺商店の渡辺修さん（８４）が懐かしむ。

近くに久根鉱山名合支山があり、古河鉱業（現古河機械金属）の社員で鉱山技師だった江川さんの父が働いていた。社宅があった大輪地区には共同浴場や商店が並び、にぎわっていたという。

そして、「怪物」が育まれる伝説が生まれた。

小学生の江川少年は父に誘われ、天竜川の土手で石投げに興じるようになる。対岸まで石を届かせようとすると、体全体を使って投げないといけない。「ぼくの地肩は鍛えられ、知らず知らずに正しい投げ方も身につけた」と江川さん自身が語っている。

現地を確認すると、川幅は１００メートルほどだろうか。「あのころは道路がもっと下にあったんだ」。通りかかった中村多一郎さん（８６）の説明によると、天竜川で大変な洪水があり、川沿いの国道を高い場所に造り直したという。

なるほど、現在の国道の下に、以前の国道と思われる平地がある。そこからだと、向こう岸まで８０メートルほどか。江川少年は小学６年の頃には、対岸まで石を届かせたという。

「頭がよくて弁も立つ。初めてクラス担任をする私を助けてくれました」と佐久間中学１年の時に担任をした富永康子さん（７２）は語る。「それにやさしい子。私が離任する時、ハンカチをプレゼントしてくれました」

「あと、負けず嫌いでしたよね」と笑うのは、一緒に学級委員をしたという鈴木千穂さん（６１）。隣の席だったとき、小テストの答えが違っていたことがある。「絶対にぼくが正しいと江川君は譲らなかった」と懐かしむ。

関島民雄さん（６２）は捕手として、投手の江川さんとバッテリーを組んだ。「体格が子ども離れしてたね。お尻まわりの大きさが印象に残っている」。積極的に前に出るタイプではないが、スポーツも万能で自然と目立った。「だけど、ピッチング練習は好きでなかった。投げる間隔が長いから、よく怒ったんだ」

鉱山の閉山に伴い、栃木県に引っ越すと聞いた時はショックだった。「うちに下宿して残ったらどうかと提案したんだ」。怪物の覚醒を予感していたわけではない。「いい投手だったけど、そこまですごいとは思わなかったから」

作新学院高校で江川投手は奪三振や無失点記録を打ち立てて脚光を浴びる。「栃木に行って、すごい人になったんだ」と鈴木さんは驚き、富永さんは狂騒曲に巻き込まれる教え子の様子に「なんだかかわいそう」と心を痛めた。

江川さんは法政大学時代に佐久間町を訪れるなど、「怪物」になる以前のふるさとを大切にした。プロ入り後の結婚披露宴には、当時の恩師らを招待している。（安藤嘉浩）