アンケートに記入する松山商の野球部員たち=松山市
春夏7回の全国優勝を誇る松山商(愛媛)で、学校ぐるみで野球部員を見守る試みが今年から始まっている。きっかけは3年前。夏の愛媛大会が終わった後のことだった。
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グラウンドに、いつもいる1年生の野球部員の姿がなかった。翌日、練習に顔を出したこの部員に当時の部長が理由を尋ねたところ、ためらいながら口を開いた。「2年生に手を出された」
重沢和史監督(48)は練習を中断させ、空き教室に部員を一人ひとり呼んで話を聞いた。部内でいじめを見聞きしたことはないか。下級生に暴力を振るうことはないか。すると、態度が悪いなどの理由で、複数の2年生部員が1年生らの尻をバットでたたいたり、ほおを平手でたたいたりしていたことが少しずつわかってきた。松山商には対外試合禁止1カ月の処分が下りた。
重沢監督はグラウンドで目を光らせていたつもりだった。前任地の川之江(愛媛)で監督を務めていた2007年、部員間の暴力で対外試合禁止6カ月の処分を受けた。
もう二度と繰り返さないと注意していたが、暴力の芽に気づけなかった。自分を恥じ、部員とより積極的に会話するようにしたが、「他にもできることがないか」と悩んだ。
昨年末、同僚教員に相談したところ、部員の悩みなどを把握するアンケートを提案された。一緒にいる時間が長い運動部は人間関係が濃くなり、問題が起きても内部だけで対処しがちになる。それに風穴を開けた方がいいと助言された。
今年に入り、週1日の休養日に約60人の全部員から、「部内の様子で良くなった点」「改善すべき点」「自由に記入」の3項目を尋ねるアンケートを始めた。部内の関係を気にせず記入できるように野球部以外の教諭が配り、回収している。
回答欄には、「意見を言いやすい雰囲気になった」「授業態度が悪い部員がいる」「結果が出ない時こそ、どれだけチームのために頑張れるか」といった記述が並ぶ。重沢監督は全てを読み込み、部員の悩みや試行錯誤の様子を探る。
桧垣翔君(2年)は「直接だと緊張するが、アンケートなら本音を書ける」。宮野祥介君(1年)も「自分たちを見てくれているんだと実感できる。部外の先生もいて、色んな人に見守られているという安心感もある」と話す。
重沢監督は「厳しい練習でストレスを感じることもあると思う。ただ、それが深刻化して他人に向かう前に、早めに気付けば対処できる」と期待する。
◇
暴力問題がきっかけで、昨夏の大阪大会を最後に休部となったPL学園(大阪)。休部までの数年を知るOBによると、下級生が上級生の指導通りにやらなかった時などは、暴力を容認する雰囲気があったという。OBは「暴力や体罰など、力による指導は時代遅れになっていたのに、大人がその空気を変えてあげることができなかった。部員に申し訳ない」と話す。
部活動における部員間や指導者による暴力は後を絶たない。高校の野球部だけをみても、日本学生野球協会の16年度の処分約100件のうち、暴力や体罰によるものが半数を占めた。「指導者が三振した選手の頭をバットのグリップでたたく」「上級生8人が下級生7人に暴力を振るった」などだ。
日本高校野球連盟の常本明審議委員長(68)は「暴力は何も生まない。指導者も選手も、感情的になったら、『培った信頼関係や努力が壊れる』と自分に言い聞かせて欲しい。暴力が選手の命を奪う重大な結果を招くこともあると、危機感を常に持つべきだ」と話す。