地元・気仙沼市で開催される全国高校総体に出場する村上拳=宮城県気仙沼市の気仙沼高校
東日本大震災で生徒の避難所にもなった気仙沼高校(宮城県気仙沼市)フェンシング部の練習場は、海岸線から4キロほど離れた高台にある。その一画で、地元開催の全国高校総体に向けて剣を握る選手がいる。
男子フルーレ個人に出場する村上拳(2年)は時折汗をぬぐい、顧問の内海好晴教諭(39)を相手にひたすら練習を続けていた。「震災では、全国から支援をしてもらった。その感謝の気持ちを、ここ、気仙沼で見せたい」
元日本代表の父・哲久さん(50)と気仙沼西高フェンシング部顧問の母・博美さん(48)の「フェンシング一家」に生まれた。幼いころから剣を握り、5歳で競技を始めた。2010年に小学4年でジュニアの日本代表に選ばれ、11月にドイツの国際大会にも出場した。
震災が起きたのは、その4カ月後だった。通っていた大谷小学校は海のすぐそば。高台に避難したが、目の前で茶色く濁った波が街をのみ込んだ。2日経ち、海岸近くの自宅のあった場所に戻ると、何も残っていなかった。「結構へこみましたね。しばらく夢にも津波が出てきて、眠れなかった」
少し離れた場所に、流された家の2階部分がポツンと残されていた。ただ、1階部分は沖に流され、練習で使っていた剣もユニホームも、グローブも見つからなかった。「これでフェンシングもできなくなるのかな」。なじみのあった学校近くの駄菓子屋や、友達の家も全て流されていた。
高台にあった自宅の倉庫で避難生活をしながら、がれきをかきわけてフェンシングの道具を探し回った。1週間後、自宅の裏の竹やぶで泥まみれのユニホームを見つけた。剣の入ったバッグは自宅の下敷きになっていた。バッグを引っ張り出し、ユニホームの泥を落として使った。「またフェンシングが続けられる。その喜びしかなかった」
全国のフェンシング仲間の支えもあった。岐阜県の友人は剣を送ってくれた。五輪で2大会連続メダリストの太田雄貴さん(31)からはサイン入りのグローブが届いた。グローブは机の上に飾り、見つけたユニホームとともに、今も自宅に大切にとってある。
忘れられない光景がある。12年ロンドン五輪で同じ高校出身の千田健太さん(31)が男子フルーレ団体で銀メダルを獲得し、地元で開いたパレードだ。みんなが笑顔になり、涙を流して喜んでいる人もいた。
高校総体の会場となる気仙沼市総合体育館は新しい自宅から徒歩5分。「まるで自分のためにある大会」と笑う。親戚も友人もみんなが見に来る大会で、今度は自分が雄姿を見せるつもりだ。(照屋健)