スポーツジャーナリストの中西哲生さん
■中西哲生コラム「SPORTS 日本ヂカラ」
中西哲生コラム「SPORTS 日本ヂカラ」
6日と10日のサッカー日本代表の2試合は、考え得る中でベストのマッチメイクでした。各大陸でW杯最終予選が戦われ、レベルの高い対戦相手探しが簡単ではない中、ニュージーランドは南米5位ペルーとの大陸間プレーオフの準備のため、ハイチは北中米カリブ海の4次予選で敗退したものの、新しいチームでエネルギッシュに戦ってくれました。実際、ニュージーランドには2―1で辛勝、ハイチには3―3の引き分けという結果。それによってW杯本大会に向け、いくつかの課題が浮き出ました。
この2試合は、いずれも日本がボールを保持する時間が長く、ハリルホジッチ監督が就任してから、ボールを奪ったらタテに速く、というサッカーを志向してきた中で、あまり見られなかった局面が多くなりました。そんな中、ボールを保持しながら相手を崩す遅攻でうまくいかない局面も少なくありませんでした。しかし、乾(エイバル)と小林祐(ヘーレンフェイン)のプレーから、遅攻がうまくいくためのキーワードが浮かび上がってきたのです。
少し話はさかのぼりますが2002年の日韓共催W杯前、僕は「攻撃のスイッチを入れる」という言葉をテレビなどで使い始めていました。ボールを奪ったターンオーバーの瞬間や、タクトを振る選手がボールを持った瞬間、みんなが動き出して攻撃を始めることを表現した言葉です。それが定着し、現在は当たり前のように使われています。
今回、乾や小林祐のプレーを見ていて浮かんできたのは、それとは正反対の「攻撃のスイッチを切る」という言葉です。みんながボールを持つことができ、自分としてもチームとしても得点を奪いたい、となる展開では、様々な局面で事あるごとにスイッチを入れてしまうものです。もちろんスイッチを入れること自体は悪いことではありません。ただ、遅攻の時に、全員がゴールに直接的に向かったり、スピードアップをしてしまったりすると、ノッキングを起こし、簡単にボールを失ってしまいます。
従って、右から左に、左から右にサイドチェンジをするヨコの動きが必要になってきますが、そのヨコの動きも、相手が素早くヨコにスライドすることで対応された場合には、タテ、つまり相手と相手の間に入っていくことは難しくなります。そこで、「攻撃のスイッチを切る」という判断が必要となるのです。
サイドを何度も変えながら、粘り強く攻撃の糸口を見いだす中、時にはあえてバックパスをしてスイッチを切り、相手の守備のスイッチもオフにする。それによって、相手を前に出させて、隙がなかったところに奥行きを生じさせる。もしくは前にスピードアップするそぶりを見せて、やめる。シュートを打つふりをして打たない、クロスボールを入れるふりをして入れない。これらもスイッチを切りながら、相手を食いつかせることができるプレーです。つまり、「攻撃のスイッチを入れる」ことはもちろん重要ですが、「攻撃のスイッチを切る」ことも重要なのです。そしてチャンスの瞬間、もしくは相手の守備に隙が生まれた瞬間、再び「攻撃のスイッチを入れる」。それを乾と小林祐は、うまく体現していました。
この2試合は様々な選手にチャンスを与え、11月の欧州遠征でのブラジル、ベルギー戦のメンバーを模索することが一つのテーマでした。倉田(ガ大阪)、杉本(セ大阪)はゴールというアピールができました。倉田は、ニュージーランド戦の決勝点とハイチ戦の先制点。杉本はハイチ戦、初スタメンで代表初ゴールという結果で、W杯最終メンバー選考に好印象を残しました。しかし、ゴールという結果を出せなかった乾、小林祐も、スイッチを入れる、切るというメリハリで、一定の評価が得られたはずです。また今回招集されなかった長谷部(フランクフルト)、本田(パチューカ)や柴崎(ヘタフェ)ももちろん、攻撃のスイッチのオンオフがコントロールできる選手です。
ハリルホジッチ監督の戦術上、W杯本大会もボールを奪った後にタテに速く、というサッカーが主になるでしょう。ただ先に失点し、相手が引いた時には、ボールを持たされる時間帯も必然的に生まれます。この遅攻の状態になった時、いかにうまく「攻撃のスイッチを切れる」選手を起用し、バランス良く配置できるか。これも本大会に向けた、一つの大きな課題となるでしょう。
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なかにし・てつお 1969年生まれ、名古屋市出身。同志社大から92年、Jリーグ名古屋に入団。97年に当時JFLの川崎へ移籍、主将として99年のJ1昇格の原動力に。2000年に引退後、スポーツジャーナリストとして活躍。07年から15年まで日本サッカー協会特任理事を務め、現在は日本サッカー協会参与。このコラムでは、サッカーを中心とする様々なスポーツを取り上げ、「日本の力」を探っていきます。