(左)伊藤新道の下部で、三俣へ建材を運ぶ歩荷(ぼっか)たち=1957年、伊藤正一さん撮影(右)樅沢岳や槍ケ岳を望みながら、伊藤新道の上部を下り、道の整備に向かう伊藤圭さんら=長野県大町市、伊藤進之介撮影
北アルプス最奥部にある黒部の秘境に魅せられ、戦後すぐに山小屋経営に乗り出した故・伊藤正一さん。私財を投じて、登山口から山小屋まで1日で行ける最短ルート「伊藤新道」を切り開きました。「山賊」と恐れられていた猟師との出会いからヒントを得た登山道の物語です。
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何という巨木だ! 大学時代から約40年間、登山を続けているが、これほど巨大なダケカンバは初めて見た。標高約2300メートルの登山道脇。目測で直径は1メートルを超える。高さは20メートル以上だろうか? 幹が途中で三つに分かれ、幹の一つは大きなこぶがある。樹木なのに何かを語りかけてくるような存在感があった。
ガイド役で同行した三俣(みつまた)山荘2代目経営者の伊藤圭さん(40)が、巨木について教えてくれた。「樹齢は数百年でしょうか。俺が勝手に『ご神木』と名付けました。『いつも、安全に歩かせていただき、ありがとうございます』。感謝しながら、横を通っています」
9月中旬、長野県大町市と北アルプス最奥の山小屋、三俣山荘を結ぶ登山道「伊藤新道」の上部を歩いた。
標高約2500メートルの高山帯の稜線(りょうせん)から、約2100メートルの亜高山帯の展望台まで緩やかな傾斜で約2時間のルート。亜高山帯に入ると、豊かな森が迎えてくれた。森の入り口には、太いダケカンバが門番のような風格で何本も生えていた。シラビソやコメツガなど針葉樹の「緑のトンネル」から木漏れ日が差す。
ゴールの展望台。8月下旬に、圭さんが倒木のシラビソで作った標識が立っていた。登山道の上部で数少ない展望が開ける場所。赤茶けた硫黄尾根の向こうに、天をつくような北アルプスの名峰、槍ケ岳が望めた。三俣山荘でもらった弁当を食べながら、圭さんと話が弾んだ。「25年前は、展望台の下は木が生えないガレ場だったのが、今やカラマツの若木が茂り始めている。森の再生力を感じます」
伊藤新道は北アルプス最奥の秘…